私の財布の中に一枚の紙が入っている。
駅頭に立っている頃に頂戴したものだ。
毎朝駅頭で朝の挨拶を続けていると、いつしか顔見知りになる人が増える。
尼さんと思しき方は、私を見かけると手を合わせて行かれたものだ。
その女性の方からは、色々なお守りを頂戴した。
高野山で特別にご祈願して頂いたお守りです、などと言われていた。
夏の暑い盛りに背広を着て挨拶を続けていた頃は、わざわざジャケットの上着を下さった方もおられた。
選挙の本番が間近な頃に、駅に行く途中で新聞紙に包んだ黄金色のお地蔵様を渡して下さった方もおられた。
多くの方から様々な励ましを頂戴した。
今は、どこかに行ったり、お返しをしたりして手元にはないが、感謝の気持ちは今でも忘れない。
尋常な生活ではなかったが、実に充実した毎日だった。
今、手元にあるのは、ただ一枚の紙切れである。
たどたどしい文字で、がんばってください、と書いてある。
確か二人連れの方だったと思う。
障害を抱えている方が、私に、がんばってください、と励ましの声をかけてくれたのだ。
多分、がんばってください、と書くのがその方々の精一杯の励ましだったのだと思う。
がんばってください、という声は聞こえなかったが、今でも私にがんばってください、と声をかけて下さっているように感じる。
この一枚の紙切れだけは、今でも私の財布の中にある。
新座のキャベツの会から届けられたニュースを読みながら、この記事を書いている。