ブログにおける私の実験 | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

私のブログの実験は、いわゆる荒らしを想定したもの。


私の意図とは関わりなく読者の間で論争となり、いつしか口汚い罵り合いになってしまったときにどう対処するのが一番効果的か、ということが当初の実験であった。

当初はどんなコメントが寄せられても削除などはせず、お互いの理性に任せることにした。

いわば性善説に基づく対応である。


しかし、性善説を信じているとどこまでもエスカレートして、収拾不能になり、一般の読者が不快感を覚えるようになり、ついには議論の場から引いてしまうことがあることが分かった。

そこで、読者のコメントの応酬の合間にどのようなコメントを差し挟めば、どんな反応が返ってくるか、ということを実験してみた。

ある程度の効果が上がったが、しかし、暫く経つと元に戻ってしまう、ということも経験した。


それではブログのコメントの公開を承認制にしたらどうなるか、ということを実験した。

コメントの公開を承認する基準が明確でないと、いちいち全てのコメントを全部読み終えないとなかなか承認も削除もし難い、ということが分かった。


余りにも短いコメントは、大体他人のコメントに対する瞬間反応的な批判コメントで、内容が無いことが分かったので、一定程度の字数でのコメント投稿を要請してみた。

これは、相当に効果があった。

かなり改善されたが、それでも単なるコピぺ投稿や、見方によっては誹謗中傷に当たるコメントの投稿は防ぐことは難しかった。


その次に試みた実験は、コメントの原則即時公開制と公開承認制の時宜に応じた切り替えである。

承認制への切り替えの時期と承認制の実施期間を何度か調整してみた。

事前に警告してやった場合と、突然実施した場合の違いを探っても見た。


特定の投稿者について全てのコメントを削除対象にした場合と、一部のコメントのみ選別して公開した場合の違いも探ってみた。


これが、私の実験である。

多分こんな実験は、外の方はまだされていない筈だ。


実験だ、ということは何度もアナウンスして行なっているので、古い読者の方は理解していただいていると思う。

少しずつ成果が挙がってきていると思うが、如何だろうか。