弁護士会で法友全期会の代表幹事に就任する直前の頃、私のことを指してコンピューター付きブルドーザーと評された先輩弁護士がおられた。
猪突猛進型のように見えて、必ずしもそうではない、しかし、とにかくバリバリと働き、前へ進む。
当時の私の仕事ぶりは、確かにそんなところがあった。
人の3倍のスピードで仕事をする、人の3倍の仕事をする、というのが、私のモットーだった。
だから、私の事務所で修行した若い弁護士は人の4倍ぐらい仕事をして、人よりも遥かに早く一人前になっていったのではないかと密かに思っている。
東京弁護士会の副会長を辞めて衆議院議員選挙に立候補した当時は、さすがにかつての勢いはなくなっていたが、衆議院議員になってからも基本的に人の3倍のスピードで仕事をしていくことを心がけていた。
みんながあれよあれよと息を呑んでいる間に、次から次へと新しい課題に挑戦し、新しい提案をすることを心がけた。
おい、そのスピードで大丈夫か、自民党の保守派が起きてくるぞ。
そういう危惧の声を聞かないではなかったが、私が主宰する会合ではまったく異論が出ていない。
毎週のように会合を重ね、広く意見を求めてみるが、誰からも反対論が出ない。
これなら大丈夫だろう、と思って座長私案を出してみた。
元々は法務省の民事局で周到に検討されていた内容であるが、当時の法務大臣の個人的な思想信条になじまないということでお蔵入りになりかかっていた案である。
離婚後300日以内に出生した子どもの父親は、法律上離婚前の夫の子と推定され、戸籍には父親として前夫の名前が記載される。
これを訂正するためには、離婚前の夫を相手として裁判を起こさなければならないが、家庭内暴力が原因で離婚した女性が前夫を相手に裁判などなかなか起こせない。
結局、出生届を出さないから、無戸籍の子どもが増えてしまう。
これを何とか解決する方法はないか、というのが、当時の課題だった。
民法の改正では、法制審議会の審議が必要となり、なかなか結論が出せない。
戸籍法の改正でこうした可哀相なケースの救済が図れないか、ということだった。
たまたま私が法務部会に出席していたときに、この問題が審議された。
当時の法務部会長の吉野正芳議員が、これはかなり法律的に専門的な知見を要する問題だから、ということで弁護士出身の私を担当者に指名された。
早速、私が座長になって民法772条問題(離婚後300日以内出生児無戸籍問題)検討プロジェクトチームを立上げることにした。
後は一瀉千里であった。
弁護士時代の仕事ぶりそのもののペースで、法律上の問題点、事実上の問題点を整理し、さらにその解決策を探るための検討を進めた。
それが私の普段の仕事ぶりだから、私には自然のことだったが、自民党の中では極端なハイペースのように映ったようだ。
それでも私は、躊躇しなかった。
歴代の法務大臣や法務委員会の主だったメンバーのところにも出向いて私案の説明を重ね、ほぼ全員の了解を得ていた。
特に南野前法務大臣や森山真弓元法務大臣など女性の有力議員は、私の提案を強く支持されていた。
私の前に立ちはだかり、ついには私を後ろから羽交い絞めしようとしたのが、当時の法務大臣・長勢甚遠衆議院議員である。
自民党の部会での議論は、私の私案にまったく異論は無く、そのまま承認する流れだった。
自民党の部会の議論を、一閣僚である大臣が止めることは出来ない。
政府の中の一閣僚の意見がどうであっても、党が正式の機関に諮って決定したことには従ってもらわなければならない、というのが当時のルールだったようだ。
ブルドーザーのように部会の議論を前へ進めようとする早川の暴走を防げ、ということで、法務大臣が自ら自民党の保守派への働きかけを始めたのである。
部会での審議をストップさせる。
理路整然と部会で反対意見を述べてくれる若手の議員を動員する。
そのための勉強会を開催する。
大体、こんな手順である。
舞台裏を知れば、一つの法案が出来上がるために如何に激しいバトルが行われているか、分かるはずだ。
長勢氏は官僚出身だから、実に壷を心得ている。
長勢氏は、自分がお蔵入りさせた案を、私が座長私案として蘇らせ、まさに自民党、公明党の両党の正式の機関決定を経て実現させようとしたことに反発したのだと思う。
ブルドーザーのように突進する私に、面と向かって物を言うような拙劣な方法は取らない。
公衆の面前で大激論でもやれば、マスコミのいいネタになり、餌食になるかも知れない。
当時のマスコミの論調は、私の動きを高く評価していた。
さすがの大臣もマスコミを敵にすることは避けたかったのだろう。
長勢氏は、実に周到で、巧緻であった。
自民党の場合は、部会での審議が決定的に重要であった。
どんなに個人的にいい意見を持っていても、部会で発言しなければそれで終り、というもの。
後から気がついて物を言い出しても、まさに後の祭り。
ブルドーザーのように突進する私の勢いを止めるには、部会の中で決着をつけなければならない、ということを熟知していた。
いよいよ法案の内容を決めるべき大事な部会の日に、満を持するようにして、それまで部会に一度も顔を見せたことが無いような面々が登場した。
僅か4人ほどが反対意見を開陳しただけなのだが、これで部会の決定は出来なくなった。
本来なら更に議論を重ねて、新たな修正提案を考えるところであるが、どうも反対ありき、反対のための反対の動員だったようで、徐々にブルドーザーは動けなくなっていった。
長勢大臣が私の前に立ちはだかり、私がそれでも前進しようとすると今度は後ろから羽交い絞めにかかり、一人では無理だということで応援団を呼び寄せ、後ろから私の髪を引っ張ったり、足に絡みついたり、というところか。
これは、格闘技そのものではないか。