おはようございます。
目先の慌ただしさから自由になる方法は、歴史を学ぶことにありそうです。
この2,3日、「私たちはいつから日本人になったのか」、という問題提起をさせて頂きました。
政局に関する話題からフリーになれた、というだけでも大きな成果です。
在日特権について色々ご指摘があり、改めて日本人とは何か、日本とは何か、を考えてきました。
少し時間をかけて考えなければいけませんが、私は、そもそも在日という存在を作ってしまった日本の歴史を振り返る必要があると思っております。
血統主義を取るわが国では、日本人の子は日本人です。
昭和27年4月27日まで日本人だった人が、翌日の4月28日から日本人でなくなる、ということの理不尽さについては既に指摘しました。
法務省民事局長通達でそれまで日本人であった人々を日本人でないことにした、ということの法的な有効性について疑問を呈している学者がいたらしい、ということは、私のブログへのコメントから知りました。
もし無効論が有効なら、当時在日と分類された人々は法的には日本人になる。
日本人の子は日本人。
友達の友達がアルカイダ、みたいな発言ですが、当時在日とされた方々が法的には日本人であるという立論がなり立つのであれば、在日の子も日本人になる。
ふーん。
私は、やはりいずれは在日という区分はなくなる運命にある。
そう考えています。
どこかで歴史の清算をしなければならない。
これまで入管法の勉強は殆どしたことがありませんでした。
しかし、この法律が日本の戦後の歩みをそのまま引き摺っていたことを、皆さんとの意見交換を通じてはじめて知りました。
六法全書を調べて見て下さい。
入管法の法律番号は、どう記載されているでしょうか。