おはようございます。
今朝は寝ながら考えていて多少息苦しく感じることがありましたので、お伝えします。
私が物を考えるときは、当然、である調です。
このブログを書くときには、これをですます調に変えるようにしました。
言ってみれば、きれいな化粧紙で包装して外に出す、よそ行きの顔をわざわざ作らなければならない。
これが、結構な負担になっていることが分かりました。
私の場合はどうも、である調の方が自然です。
ですます調の時は、本当の思いを何重にも殺してしまいがちだということに気が付きました。
これは苦しい。
相手の方との会話を丁寧に重ねていくためには、これはどうしてもですます調でなければいけません。
しかし、「俺はそう思うんだ。」そう言ってみたい瞬間やことが出てくるものです。
麻生総理が、「オタクの皆さん」と呼びかけたり、「俺」「俺」と言う時は、自分をそのまま開放している時だと思います。
これまで総理大臣で「俺」などという言葉遣いをした人を知りませんが、「俺」と自分を呼んだときはずいぶん気持ちが良かっただろうな、と思っております。
私たちは、そういうざっくばらんな人を承知で総理に選んだのですから、その言葉遣いがおかしいとか、乱暴だ、あるいは字の読み違いをしたという理由で総理を批判するべきではないと思います。
これが、麻生総理の特質であり、いいところなのですから。
麻生総理が英語で話をされるときは、堂々としており、気持ちがよさそうだということを聞いたような気がします。
俺も私も同じ「I」、あんたも貴方も同じ「You」だからでしょうかね。
こんなことをブログに書く私は、「俺、変かい?」。