ホントは参議院はいらない、理由 | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

昨日の夕刊と今朝の朝刊各紙に総理の施政方針演説等が掲載されている。

実に平易な文章で綴られている。


来年度の予算案の審議に入るための前提として麻生内閣の施政方針である、という意識が勝っているため、網羅的で、かつメリハリが付けにくかった様子が窺える。

この文章は、どうしても淡々と読み上げることになるな、そういう印象だ。


本会議場で総理が演説をしている時に、閣僚の席でも議場の前の方でもしきりにページを繰っている人たちがいる。

民主党の議員席では前の方だけでなく、中段ぐらいの席にいる議員も何か読みふけっている。

時々どよめきが起きる。

総理の施政方針演説の原稿を皆事前に入手し、総理の演説を聞きながら原稿に読みふけっているのだ。

原稿を読みながら演説に聞き入っている、という風ではない。

まるで、一字一句読み誤りがないかチェックするような仕振りである。


これでは、感動の拍手が起きようがない。

大過なく終えたが、平板だった、というのが正直な感想である。


衆議院の本会議と参議院の本会議でまったく同じ演説が繰り返される。

もし衆議院の本会議でした施政方針演説と参議院の本会議での演説が異なっていれば、もう一度演説をやり直す。

現実に原稿の一部を読み飛ばしたために参議院で施政方針演説をやり直したことがある、というのだから、国会というところには不思議なルールがあるものだ。


こんな参議院はいらない。


私だけの思いではない。

村上正邦、平野貞夫、筆坂秀世の三人の元参議院議員の対談集に、そうはっきり書かれている。

その名も、「参議院なんかいらない」。幻冬舎新書の一冊だ。

2007年5月30日に第1刷が発行されているから、参議院・有用無用議論の最先端を行くものだろう。


参議院に期待しなければならないが、しかし、現実には参議院が日本の政治にとって有害無用な存在になりつつある。

困ったことだ。


衆議院議員が参議院の在り方に滅多に手や口を出してはならない、というのは、国会議員の間の礼儀であり、また暗黙のルールだが、国会に出て初めて分かることも多い。

これは改めた方がいいな、そう思ったことについていつまでも口を噤んでいたのでは、改革の萌しが生まれてこない。


そう思って、あえてこのブログで書くことにする。

「ホントは、参議院はいらない。」