私が自民党の中で問題提起したことの一つに、民法772条問題がある。
離婚後300日以内に出生した子供は、民法772条の嫡出推定規定によって、前夫を父親とする戸籍に入る。
離婚した女性は出生した子供が前夫との間の子でないことを知っていることから、そのような戸籍を作ることを拒否する。
子供が無戸籍になるとかわいそうだからと言うことで出生届を出すと、前夫が知らないうちに自分の戸籍に子供が増えている。
前夫については再婚禁止規定がないから、離婚した直後に再婚しているケースもある。
戸籍をとってみたら知らないうちに子供が増えている、ということで再婚した女性との間で家庭争議になることもあり得る。
DV被害に遭って逃げるようにして辛うじて離婚が成立したような場合は、悲劇だ。
子供の戸籍を正そうと思って裁判所に申し立てると、当然裁判所は前夫を呼び出す。
なんで裁判所から呼び出されるのか、といって家庭騒動になることもあろうし、DVの前夫が裁判所に出頭して前妻にどんな嫌がらせや暴力を振るうか分からない。
結局、裁判所に対し必要な手続を取ることを諦めてしまう。
そういうことで全国で戸籍のない子供達が多数いることが明らかになった。
これは何とかしなければならない、ということで国会で取り上げられた。
その過程で、私が民法772条問題のプロジェクトチームの座長に就任した。
民法の改正ということになると法制審議会を開催したり、何かと時間がかかる。
これは、戸籍法を改正して出生届に関する特例を設ければいい。
こういう発想で法務部会の議論を纏め、これが与党プロジェクトチームの立ち上げに繋がった。
戸籍の窓口で簡単に受付できるようにするためには、どんな書類を出させればいいか。
厳密な書類審査が必要だということになると、市町村の窓口ではとても判断できない。
簡易迅速な手続で無戸籍の子供達を救済したい、そのためにどうするか。
様々に知恵を絞った。
DNA鑑定を導入すればいい、という話があった。
しかし、医師会がDNAは最高の個人情報であり、濫りにこれを使うべきではない、と主張した。
また、稲田議員をはじめ伝統保守の立場の議員からDNA鑑定は家庭の平和を乱す素になる、という批判が噴出し、与党プロジェクトチームの提案は政調会長預かりとなった。
結果的に私達の提案はお蔵入りになったが、水面下では劇的な対応が図られた。
まず、法務省は、離婚後に懐胎したことが証明された場合は、後夫を父親とする出生届を受け付け、その父親の戸籍に入籍させることにした。
総務省は、無戸籍の子供について住民票に記載することを認めた。
厚生労働省は無戸籍の子供に対しても様々な福祉が与えられている、ということをさらに明確化した。
外務省は無戸籍の子供に対するパスポートの発給に特例を設けることにした。
もっとも大事なことは、裁判所が強制認知制度の運用の柔軟化を明示し、裁判所の関与の中で無戸籍の子供の権利救済が簡易迅速に図られるようになったことである。
本来は前夫を呼び出さなければならないが、前夫を呼び出すことが適当でないと考えれば、後夫に対する強制認知の調停手続だけで真実の父親を父親とする戸籍を作ることが出来るようになった。
世論が国会を動かし、国会の議論が行政を変え、ついには司法の運用を変えたという画期的なことが、この一年で成し遂げられた。
小さなことであるが、当事者にとっては実に大きなことである。
こんな風に政治が機能すればいい。
司法が立法や行政をリードすることもあり、立法が司や行政法をリードする。
立法、司法、行政が協働する時代が来た、と昨年書いておいたが、現在はそういう時代である。
私は、自治省、富山県庁で国政、地方行政の双方を経験し、その後弁護士として長年司法の現場で仕事をしてきた。
現在は、国権の最高機関として位置づけられている立法府、国会で仕事をさせて頂いている。
やりたいことは数々あるが、今私に与えられた仕事は、立法、司法、行政が正しく協働する時代を拓くこと、そして、新しい、安定した穏健保守の政治のうねりを作り上げること、この二つである。