意識が戻って覚えてるのは、妻が右手を握って「お疲れさま。しぼうが多かったって」という言葉。
目を開けていたのかもしれないが、映像の記憶はなく、なんとなく声が聞こえたという記憶しかないが、少し安堵の色が伺える妻の声だけが耳に残っている。
そのまま、妻はどこかへ行き、その後私はHCUに移されて、強い眠気と強い痛みの中を漂うことになった。

おかしな話だが、眠気と痛みの中で朦朧としているときでも、「しぼうが多かった」というのはどういう意味なのだろうかという思考が悶々と頭を支配していた。
死亡が多かった?脂肪が多かった?答え合わせは2日後にできた。


手術は大体9時スタートで、終わったのは大体14時半ごろだったらしい。
普通は13時半くらいに終わるので、少し長い手術となった。
2日後に妻に聞いてようやく意味がわかったのだが、「しぼうが多かった」というのは、内臓脂肪が多くて内視鏡を進めるのが大変だったということらしい。
このために、普通よりも時間がかかったそうだ。
加えて、血管の位置が普通と少し違っていたため、それも手術を長引かせる原因となっていたようだ。

HCUでの記憶はあまりない。
というよりも、手術後に移った部屋がどこなのかさえ分かっていなかった。
まずは胸の真ん中と右側の激痛、そして眠気だけ。
HCUに着いてから眠くてすぐに寝てしまい、その後眠りから覚めたので、今何時ですかと看護師さんに尋ねたら「7時です。」とのことで、夜ですか朝ですかとさらに聞いたら「夜の7時です。手術が終わってから4時間くらいですよ。」と教えてくれた。

目が覚めたら酸素マスクを外して鼻からの酸素チューブに変えられた。
酸素マスクを外されて鼻に酸素のチューブを入れてもらったが、このときに迷走神経反射の症状が出て、慌てながら、看護師さんに迷走神経反射ですとたどたどしく伝えた。

恐らくマスクを外すという恐怖と痛みで迷走神経反射の症状が出たのではないだろうか。
マスクを外しても酸素チューブから酸素は取り込めている。
酸素飽和度も下がってない。
大丈夫ですよと看護師さんはいうのだが、私の体はパニックになったようだ。

息も絶え絶え、口も動かない、頭も働いてないから、「迷走神経反射」という単語を思浮かべるのに時間がかかった。
このためちゃんと伝えられるか不安になったが、なんとか言葉を伝えることができた。
そうしたら、看護師さんはベッドを操作して、膝を曲げて、上体を寝かせて姿勢を楽にしてくれて、目眩と冷や汗の症状に備えることができた。
(もともと、迷走神経反射の症状が出やすい体質で、高校生くらいから酷い腹痛の時に迷走神経反射が出ていた。
でも、それが迷走神経反射だと分かったのは、30歳を過ぎたころ、知り合いの看護師さんから教えてもらった時なので、それまでは普通の人もなるのだと思っていた。)

眩暈と冷や汗という迷走神経反射の症状が落ち着いた後で、吸飲みで水を飲まされて口の中をうがいをする。
まだ、水を飲んではダメなので、飲み込まないで、口の中をよく洗うようにと指示される。
口の中を濯ぐときに、水を口から垂らして出すが、看護師さんから「上手ですよ。」と言われる。
何が上手なのかよく分からないが、朦朧とした意識の中ではなぜか嬉しい気がする。