2014年7月27日、朝目覚めた時から身体がだるく、ぼんやりしていた。
仕事に向かう為の準備をして、自転車でその日の仕事場へ向かう途中、何度もハンドルを握り直すのに、左側だけが力が入らない。
取り敢えず仕事場に着き、缶ジュースを飲みながら喫煙場へ。
そこでタバコを吸っていると、ぱらぱらと仕事仲間達が集まりだした。
今日は時間がないし、大変やで〜と言われて
調子悪いのに切り抜けられるかな?と考えていた
体調がわるく、今日はダメだと思うと言って、仕事内容の確認をしていた。
前日、野外のダンスイベントの仕事をしていたのて、疲れが出てるのかなと思っていたので、
夕方には体調も戻るだろうと考えていた。
しかし、仕事が始まり、図面を持つ左手から、紙一枚の図面が、何度も落ちる。
ペンや革手袋が落ちる。取り敢えず、何でもかんでも落としながら仕事をしていた。
その後ろをポロポロ落として歩いてるで〜と、誰かが拾って歩いてくれた。
その日の舞台監督は、私と同い年の昔から知る人で、私の焦点が合ってないと言い出し、あんた、今日は頑張ろうとか私がやらなきゃとか無理したらあかん。死ぬで!とあまりにも具合が悪そうな私に声かけてくれた。
その時点でも、まさか脳梗塞になっているとも考えていなかった。
昼休憩中に、ネットで調べてみた。
あかん…脳梗塞かも?と疑い始め、夕方になってもダメなら病院やな💦と思い始めた。
本番ポジションは、なるべく負担の少ない所にしてもらい、リハーサルまで終えて、体調が悪いので、病院に行かせてほしいと、頼んでみた。
幸い、ホールの目の前が大学病院だったため、
許可を得て、歩いて病院に向かった。
日曜日の夕方で、緊急外来の受付をし、その時のドクターに症状を伝え、脳梗塞じゃないでしょうか?と伝えた。
私の父が脳梗塞になっているので、可能性が高いと感じたからです。
すると、それから一歩も歩いてはいけないと言われ、車椅子に座らされました。
私はその時トイレに行きたかったため、ドクターに訴えると、ダメと怒られ、管を入れなきゃダメと怒られ、
何を言っても、ダメと言われて、全てを諦め、親に電話しなさいと言われました。
しばらくすると、母が病院へやってきました。
やはり結果は脳梗塞。
その時のドクターがたまたま神経内科の先生で、
その後の急性期の主治医となりました。
病室に連れて行かれて、このまま入院と言われて、説明を聞きながら、
入院なんて、してる場合じゃないんです!
私は忙しいのです!と何度言っても怒られ、どうして朝から病院に来なかったのかと怒られ、口を開けば怒られ、すっかり諦めモードになりました。だけど、やらなきゃいけないことは、やらなきゃいけない!
連絡だけはしなくてわ!と必死にiPhoneと格闘するも、なんだろ?
全く連絡できない。
向かいの仕事場には、母親に知らせてもらうよう頼み、そこから、他社に連絡して貰うよう頼み、友達にはLINEで連絡して、取り敢えず、ここ数日なんとかなると思いホッとしました。
寝たり起きたりを繰り返して、頭はぽんやり。
仕事中は左腕も動いていたのに、動かなくなり、左側が麻痺してしまっていました。
この辺りの記憶はぽんやりしていて、その晩は頭の痛みと吐き気で苦しかったのを覚えています。
その日の夜は、頭がパニックになり、あまりよく覚えてませんが、ドクターが何度も病室に来てくれた事、夜中不安だった事はよく覚えています。