七面鳥らいふ
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婚姻届け

娘が家を出て1年と3ヶ月が過ぎました。

家族が3人になり、相変わらず物が溢れた家ですが、時間と空間に隙間を感じるようになりました。

娘が家にいないこと。目の前の息子が1日1日落ち着いてルーティンをこなしてること。それを日常として特に違和感なく受け入れることも出来ました。目の前にいない娘に対する心配や不安は日に日に薄れ、たまにやり取りするラインに軽い調子で返すのがふつうになっていきました。

主人とは娘がいたときより色々な話をするようになりました。小難しい話で喧嘩になったり、くだらない話で笑ったりしました。

娘から電話で、一緒に暮らしている彼氏と10月に籍を入れようと思ってる、と伝えられました。彼氏とは2度会ったことがありました。印象としては、「見たことないタイプ」。不思議なオーラを持った方だと感じました。

娘と一緒に1年暮らして嫌にならなかったというのだから2人の相性は良いのでしょう。娘のこれまでの病歴等も受け入れてくれてるようで、親として反対する理由など無く…

先月、4人で会食をし、持ってきた婚姻届けの証人の欄に主人がサインをしました。

主人は全ての決定を2人の判断に任せる考えでした。

私としては、私ですら今日まで生きてこれたのだから娘も生きていけるだろうという思いがありました。

「娘が30年間生きたという事実が、娘が今後生きていく自信になる。」

私の迷いや不安や過ちや空回りの努力はここに辿り着いてくれたんだなと…

人生は日々の積み重ね。これまでの1日1日に感謝出来る節目を迎えられたことを「幸せ」だと娘が思わせてくれました。

ありがとう。

2025年10月10日、娘と彼が婚姻届けを提出しました。

穏やかな日々

重度知的障害自閉症の息子


21歳頃からパニック、他害、自傷が徐々に激しくなって発生する頻度も多くなって行きました。


息子の通院。投薬。OT。心理相談。

自身の通院。投薬。

基幹相談。二次相談。計画相談。

出来る事は何でもやって数年が経ちました。

計画相談員の方と話合いを重ね、短期入所施設と契約をしたり、生活介護事業所を見学に行ったりしてました。


7月に娘が反対を押し切り自分の意思で家を出て行きました。


息子のパニックがぴたりと治まりました。


何が起こっているのでしょう。


息子のパニックをどうにかしようと四苦八苦して、家族全員が辛い日々を送っていたのです。


まさか息子をどうにかしようと言う考え自体が間違いだったというのでしょうか…


数年ぶりの穏やかな日々に戸惑い、素直に喜べない自分がいます。

私がどうしたいのか

今の生活がしんどいと感じていて

何がしんどいのか考えたり、解決策を調べたり、相談しにいったりしてました。

でも、何故か余計に自分を縛り付けているような感覚を受けました。

鉄則の「あなたはどうしたいのですか?」に立ち返って、ひとつ答えを見つけました。

「私自信の出来る範囲で丁寧な暮らしがしたい」

抽象的だけどシンプル。

でもこれが答えとして、しっくりくることは確かで大切なキーワードだと感じたので、忘れないように心に刻みたいと思います。

今も無理のない範囲で生活を回していますが、手に終えてないことが溢れて来ていて私を苦しめてます。

楽がしたいとか嫌だとかじゃないんです。

自分の手に終える丁寧なくらしが毎日したいんです。

すべてのことが経験という宝になると思っていました。もう、この事は今の私の価値ではなくなったんだと思います。

私が好きになったもの。私を助けてくれたもの。大切な人。

愛するとは、大切に扱うということ。

身のまわりの愛するものを大切に丁寧にして毎日生活したいです。

価値はきっと変わっていいものなのでしょう。また必要なときには現れるものなのでしょう。

このことを原点に、生活を私の意思で作っていけるようにしたいと思います。






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