箔 | 約束の場所

約束の場所

生まれつきの視える人








すると、落ち着いた彼は陣の中心に
自ら正座で座ると、手を合わせはじめた。

陣からの光が彼を包み込むと、
彼はゆっくりと、語りはじめた。






とても幸せだったんです。。
まがいなりにも、嫁もいて娘と息子にも
恵まれて………

勿論、裕福な暮らしじゃありませんでしたけど
毎日、おてんとさんが昇りゃあ
田畑を懸命に耕して、その合間合間に

能で使う色々な装束や小物を作っては
京に卸すような事も傍らにやっていて

毎日の暮らしには、不自由までは
してなかったし、どちらかというと
恵まれていた方だと思うんです。

私が作る色々は、自分で言うのもなんですが
わりと評判がよくて……
結構、高値で迎え入れてくれる方々なんかもいて

だから、今思えば
嫉妬されていたんでしょうね。。

誉められたら有頂天になって
本当に馬鹿だった………

和算が苦手だったんで、売り上げのその辺りは
全部親方にお任せしていたんですが

ある日、紙の束を持ってきて
目の前に立ち塞がったかと思うと

「お前の納めたお金が10両ばかり足りない。さては
お前、使い込んだね?」

そう、睨み付けてきたんです。

まったく身に覚えのない事にしどろもどろに
なりながら、そんな事はしていないと
そう必死で訴えたものの、
お前は盗っ人だ!死罪だ!の一点張り

ほとほと困った私は、なんとかそれだけは
勘弁してくれと、地面に顔をこすりつけて
土下座し、懇願したんです。

すると、親方は取り引きを持ちかけてきました。

思えば、すべて仕組まれていたのでしょう。
これからの、職人の仕事は無償で働く事
その作った品は、親方作として
名義すべてを譲る事

あまりな申し出に、怒り心頭になりましたが
嫁とまだまだ小さい子供達の顔がちらついて
泣く泣くその取り引きを、了承してしまったんです。


一応、百姓としての暮らしが、別にあったものですから、貧乏にはなりましたけど、食べるには困らずで
家族が幸せならそれでと、割り切って暮らしていたんです。

そんなある日、また親方が今度は
家までやってきて、嫁が気に入ったから
自分に差し出せと言ってきました。

その分、借金を帳消しにしてやってもいいと。

私は、気づけば殴りかかっていました。
すると、どこからか腕っぷしのいい大男たちが
現れて、意図も簡単に私は組み敷かれていました。

親方は嘲笑うかの様に、私に唾を吐きかけると
私の名前を叫び続ける妻を、無理矢理に連れていってしまったのです。

私の傍で、震えながら泣いている子供達を
なんとか起き上がって抱きしめると
私はある決意をしました。

あの親方を呪うしかないと。

当時、丑の刻参りがある事は聞き及んでいましたし、
ある程度の知識は既にもっていました。


子供が寝静まり、私は家の外へと出ていきました。
向かったのは、近くの神社。

丑の刻参りは、決して人に見られては
いけないしきたりです。
私は、やり方をゆっくりと思い出しながら
間違えないように、そして一心不乱に
気づけば、泣きながら
藁人形に釘を打ち付けていました。

それから暫くして、呪った効果だったのか
親方は亡くなったんです。

でも、嫁は居たたまれなかったのでしょう
自ら、身を投げて………

私も後を追いたい気持ちになりましたが
小さな子供達を置いてはいけず、気持ちを切り換えて
また一から職人の仕事に打ち込もうと
もう、嫌な親方はいないのだからと
そう思っていました。

でも、

私の作品は、親方名義で流布したせいで
何をしても、最初から自分の作品であるはずなのに

親方の模倣だと
その呪縛から解き放たれる事はなかったのです

そんな、ぽっかりと穴が空いた様な
虚無感な毎日を過ごしていた時に、

親方の子供さんが、職人として一緒に
働くようになりました。

とても腕のいいお子さんで
自分にはないものをもっている、そんなお子さんでした。

私の技術を盗む事に長けていて、作品は
どことなく似通っていきました。

似通った作品、本来なら私の作品の方が
正しいものであるべきなのに………

親方の息子さんの作品の方が、高値で売れました。

名義とは、まさに飾りだというのに
色々を奪っていった相手
今度はその子供に、私は苦しめられていきました。

本当なら、呪いが夢かなったその時に
職人の仕事はやめるべきだったのかもしれません。

でも、私はやはりその仕事が好きだったのかも
しれません。

だから私は、親方の息子も呪う事にしました。

もう、売る魂はなかったから
私は自分の子供たちの魂と引き換えに
呪う事にしたのです。

今度の呪い方は、違う呪いにしました。
葬るなんて生ぬるい。

自分のように、ひとつずつ奪われていけばいい。
幸せな例えば財産、職人等の技法、愛する家族

得てから、奪われたらいい。
そう、呪ったんです。

それからその親方の子は、腕を更にあげて
名実共に、職人の頂点に君臨しました。

私も、親方とは真逆の、何なら性格のとてもよい
その息子さんのお陰で不自由のない暮らしをさせて
もらいました。

だから、呪いは実はやはりかけられなかったのかと
失敗に終わったのかと。

私は、その事すら忘れて、普通の営みの中で
普通に歳を重ね、子供達に看取られて
わりと平凡な死に方をしました。

でも、そこで初めて気付きました。
私はとんでもない事をしてしまったのだという事を。

呪いは本当にこの世にはあって
かけたり、かけられてり出来るという事を。

私に、天へのお迎えはなく私は異形の存在となり
どんどん、その呪った苦しい気持ちの渦の中で
苦しみ続けるようなりました。

その渦の意識の中で、かろうじて残った心で
あれこれ考えました。

あぁ……あの時に、浅はかな気持ちで差し出した
子供達の魂。

子供達が亡くなったら、今の私のように
そうなってしまうのか。。

私があの時に、あさはかな嫉妬の思いで
かけた呪いのせいで。

そして、晩年はよくしてくれた
親方の息子さんへの、代々かけられた呪いを
今更に解く事すら出来ず……

どうしたら……
どうしたら……………

そんな心とは裏腹に、さらに私の恨みの心は
増幅していくばかりでした。

それもこれも、あの親方が悪いのだ………
私から、最初に詐取をした………
あの親方が…………

憎い………死しても尚……憎くてたまらない………

憎い………

憎い………………

私は何て事をしてしまったのだ……

誰か、助けてくれ……………

誰か……………

助けて………………