前回 からの続き。
悟れる薬、スグサトレールを飲んだ僕は心地良い眠りについた。
―次の日―
あーよく寝たぞ。
何だかいつもより目覚めはいい気がする。
よーし、今日から新しい自分がはじまるんだ！
意気揚々と僕は会社へと向かった。
しかし、そんな気分は束の間、いつも通り電車のラッシュで息がつまる思いをし、取引先からは怒鳴られ、
そのことで上司にもまた怒鳴られ、落ち込んで、ボロボロになって僕は帰宅した。
いったい何なんだよこの薬は！
全然効き目がないじゃないか！
もう夜も遅かったが、怒り心頭の僕はあの薬局へと向かった。
おい、シャッター開けろ！
出て来い！このイカサマ野郎！
はい、どなたですか？
あ、あなたは昨日の・・・いったいどうされたんですか？
どうされたもこうされたもないだろ、あの薬、全然効かないじゃないか！
効かない？
そうだ。
いつもと同じようにラッシュでイライラして、会社では取引先や上司に怒鳴られ、
俺は落ち込んで、ボロボロになって帰ってきたんだ。
結局何も変わっていない。何も悟ってなんかいなかったんだよ！
気付きましたね。
えっ？
悟りとはそんなものです。
どういうことだ？
例えばあなたは思春期にこんなことを思わなかったでしょうか？
早く下の毛が生えてこないだろうか？と。
は？
俺も早く毛をたくわえた大人になりたい、と。
いや、別に。
男なら誰しも感じたことでしょう。
だから感じてないって。
でも、いざ生えてみるとどうでしたか？
ああ、こんなもんか、という感じではなかったですか？
まあ、確かに。
少し大人になった気もするが、実際には別に何にも変わらない。
むしろ、床に落ちているのを発見したりなんかすると、何とも言えない憤りを感じてしまう。
逆にわずらわしさが増えただけだった、と。
何わけのわからないことを言ってるだよ？！
悟りなんてものもそれと同じですよ。
早く悟りたい、悟りたいと人は求め続けます。
そこに絶対的な幸せがあることを信じて。
でも、いざ悟ってみると、何も変わらないことに気付きます。
相変わらず問題はそこにあり、悩みもまたそこにあるのです。
そんなわけないでしょう。
悟ることは究極の幸せであるはずです。
では釈迦は悟った後、悩まなかったでしょうか？
イエスには、何も問題が起こらなかったのでしょうか？
むしろその逆です。彼らは悟ったが故に、多くの悩みや問題も抱えていたことでしょう。
確かに悟った後は物事の見方や捉え方は変わるかもしれません。
しかし、現実は何も変わらない、今と同じであるということを知るべきです。
それが悟りであると？
そうだと私は思います。
悟ったから幸せになるのではない。
幸せな人は、悟ろうが、悟らまいが、幸せです。
何かを得ようが、失おうが、幸せなのです。
気付いてください。
あなたはすでに悟っています。
こんな薬を飲まなくても、既に悟っているのです。
私が？
はい。
だからもう求めるのはやめなさい。
悟ってから、何かを得から、幸せになろうとすることはやめなさい。
あなたは既にすべてを知っていて、すべてを持っていて、もともと幸せなのですから。
何だかよくわからないのですが・・・
わかろうとする必要もありません。
焦る必要もありません。
それは、時が来れば、勝手に起きて来ます。
ちょうど下の毛が勝手に生えてきたようにね。
はぁ・・・
じゃあこれをお返しします。
こ、この封筒は？
１０万５００円が入っています。
か、返してくれるんですか？！
ええ。
もともとこうするつもりでしたから。
ありがとうございます！
それと・・・もう一つのこの紙袋は？
それは帰ってから開けてください。
これから本当に新しい自分に出会うであろうあなたへのプレゼントです。
へぇ、何だろう？
とりあえず、ありがとうございました！
では、お元気で。
そうして、僕はその薬局をあとにした。
何だか変な人だったけど、いい人だったな。
怒ったりして、悪かったなぁ。
あなたはすでに悟っている、か・・・
まだよくわからないけど、そうなのかもしれないな。
あの人が言ってたように、きっと幸せな人は悟ろうが、悟らまいが、幸せなんだろう。
僕は常に少し先を見つめては、そこに自分を幸せにしてくれる何かがあると思っていた。
ちょうど馬が鼻の先にぶら下げられたニンジンを追い続けるように。
でも、それは永遠に終わらない徒労の旅だったんだ。
目の前のニンジンを追うことをやめて、ふと足元を見た時、そこには無限に広がる牧草があった。
なんだ、ずっと足元にあったじゃないか・・・
幸せなんて求めて手にいれるものじゃない、それは最初からずっとそこにあるんだ、
あの人はそんなことを伝えたかったのかもしれないな・・・。
僕は、スグサトレールを手に取った。
「ありがとう、君のおかげで本当に大切なことがわかったような気がするよ・・・」
そう言いながら、僕はその薬をゴミ箱に捨てた。
よーし、これからが本当の自分の旅の始まりだ！
さっきまでの気分とは明らかに違って、心は軽かった。
僕にはもう悟りなんてどうでもよくなっていた。
そういえば、あの紙袋、何が入っていたんだろう？
本当の自分に出会うであろう僕へのプレゼントだとか何とか言ってたな。
僕は紙袋を開け、中の物を取り出した。
ん？
・・・・サトレルカーモーいらねぇし！
ん？まだ何かはいってるぞ、
何だこのメモ？
・・・・奥さん・・・明子っていうんだ・・・
てか、眠くなるタイプもいらねぇし！
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