ただいまバイトから帰って参りました。


まじねみぃ。というか頭おかしい。


こんな状況ですが今からちょうど12時間ほど前に見ていた映画を紹介します。



『遠い空の向こうに』

英語のタイトルは『OCTOBER SKY』(1999年制作)


のちにNASAのロケット・エンジニアになったホーマー・ヒッカムの自伝を基に、「ジュマンジ」のジョー・ジョンストン監督がロケットへの夢に賭けた若者たちの挑戦を描いたドラマ。1957年10月、ソ連が人類初の人工衛星スプートニクの打ち上げに成功した。ウエスト・ヴァージニア州の炭坑の町コールウッドで、その美しい軌跡を見ていた青年ホーマーは、自らの手でロケットを打ち上げたいと思い、級友3人とともに本格的なロケットづくりにとりかかった。



現在も、この映画の主人公ホーマー・ヒッカムはNASAで宇宙飛行士を育てている。


自分が抱いた夢を実現できる人は、この世の中にどれだけいるだろうか。

彼はロケットを飛ばす過程でを何度も失敗し、挫折も経験するが、そこから這い上がりまた仲間と共に挑戦し始める。

最初は笑っていた街の人たち、うまくいっていなかった父親との関係、彼のがんばりは次第に周りの人たちを変えていきます。



いやここで何を言ってもしょうがない。とにかくいい映画なので一度見てちょ!

小さい映画だと思うけどまじいい!はず。感動するぜぃ!


星五つ!☆☆☆☆☆



0時から2時間半ふとんの中にいたけどまったく眠れない。


あきらめて借りてきたDVD見ることにしました。


まじ、数週間いや数ヶ月こんな感じで、寝ないで朝5時半ごろ家を出てバイトに行く日々。もうそろそろ耐えられませぬ。死んでしまいまする。


いいかげん、この地震のように揺れるマンション。腹立ってきたんですけど・・・。さすがに。


でもまあ、とってもいい映画見たんであとで書きます。予告しとくと、夢を追ってる人にはぜひ見てほしい作品。


とりあえずバイト行ってきます。



むかぁしむかし、あるぅ人里離れた山奥にぃ、




イボ痔と切れ痔がいました。


彼らの趣味は「まんぐりがえし」でした。誰かにするほうかと思いきや、自分たちがやるほうでした。

毎朝起きると一番最初にやることは決まって「まんぐりがえし」。そのときの必需品はきっれーな手鏡です。

「まんぐりがえし」の状態から自分たちでイボ痔と切れ痔の成長を確認します。



「お~切れ痔どん、今日の具合はどうかや~?」

「ばっちしだべや!そっちはどうかや?イボ痔どん。」

「いや~俺のイボ痔は天下一品だべ。世界中どこを探しても俺のイボ痔の右に出る奴はいないべ。大きさ、形、ニオイ、俺のイボ痔が一番だべや。」

「いやいやいや、俺の切れ痔だってまけてねえべ。見てみ、見てみ、そして嗅いでみ。」


ギョクシ・・・・・。くんくん・・・・・。


「いや、おれのイボ痔のほうが上だべ。」

「いや、おれの切れ痔のほうが」

「おれのイボ痔」

「おれの切れ」

「おれの」

「おれ」




ムキーーーーー!!!

二人は喧嘩になりもう揉みくちゃ!

イボ痔は取れかかり、切れ痔はさらに切れる。




ちょうどそこへやってきたのは、「マスター痔ーダ」こと、遠山左衛門之上。


「やいやい!黙って聞いてりゃ好き勝手いいやがって!!俺抜きで痔をかたるんじゃねえ!!」

「おれの顔は見忘れてもぉ、この、痔吹雪を見忘れたとは、言わせねえぞ!!!」

カッ! カッ!! カッ!!!(まんぐりがえし)

なんとそこには桜のように舞う無数のイボ痔と切れ痔、そしてうんこが!




イボ痔どんと切れ痔どんは驚愕した。

「上には上がいるもんだ」と。「こいつにはどうあがいても勝てねぇ!」と。




「イボ痔、切れ痔、そちらの犯した罪は断じて許しがたい!互いの痔を傷つけあうとは何たる過ち。」

「よってここに裁きを申し渡す。」




「イボ痔を取って切れ痔に突っ込め!」

この映画・・・・・





好きぃーーーーー!!!



第二次世界大戦後、迫害を受けたかなんかで離ればなれにされてしまう家族。


奴隷のような生活を送るデビッドはまだ小さい。が、収容所から脱走することを決意する。


脱走には成功するが・・・・・。デビッドの行く先々には・・・?そしてクライマックスはどうなる?




すべては最後のシーンのために他のシーンがあったように感じた。ストーリーの進め方もよかったしいい映画でした。


点数4.2点/5点満点



夫婦愛、家族愛を描いた映画。


とにかく、仲代達也の演技がよかった。


自分的には仲代達也が見たくて見た映画だったので内容云々ではなくて満足じゃ。余は満足じゃ。


点数3.7点/5点満点

この映画・・・・・・・・・・






好きぃーーーーー!!!


よかった!




ボクシングジムを営むトレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)とそのジムに来たマギー(ヒラリー・スワンク)のヒューマンドラマ。この二人はもちろん、モーガン・フリーマンもいい役を演じている。


マギーは31歳。幼い頃から貧乏生活だったがボクシングの試合で怒涛の勝利を重ねていく。しかし、そんな彼女に何かが・・・。そしてフランキーに課せられる究極の決断とは!?!?




あ~最近映画見てなかったけどまた見始めたわぁ。やっぱいいね映画は。でも一つだけ悩みがあるんだけどそれっていうのは、借りる映画を選ぶのに早くて30分、大抵1時間以上はかかるんだよね。。。みんなそうなのかしら?でも、いい映画を見るためにはこの「借りるとき、選ぶとき」がすべてだと思うわけで、優柔不断かつ慎重な俺には致し方ないことだと思うわけで・・・・・。どう思います?


まあ、今日もまた何本か借りてきたから見たらまた書きたいと思います。


点数4.2点/5点満点








久しぶりにDVDを借りてきて映画を見ました。今回私がチョイスしたのは、『LOVE SONG』。


佐藤晋介監督、伊藤英明・仲間由紀恵主演の恋愛映画というよりは青春映画といった感じ。



1985年、北海道。レコード店の店頭に飾られた尾崎豊のアルバム『十七歳の地図』。高校生の彰子が求めに来たときには在庫がなく、店員の松岡は店頭に飾っていた自分のアルバムを貸す。それがきっかけで親しくなる二人。いつか自分の好きなレコードだけで店をやりたいと夢を語る松岡に憧れを抱く彰子。だが、松岡は彰子に告げることなく突然店を辞め、東京へと行ってしまった・・・・・・。どうする彰子!?


主題歌は尾崎豊。挿入歌も今はあまり有名じゃない人たちが歌っているけどかなりいい感じ。


久しぶりに見る映画としてチョイスしたけどよかったよ。暇だったらご覧あれ。


点数4.0点/5点満点



久しぶりの更新となりました。


今回はワタクシK'NOBの尊敬する島田紳助、彼の言葉を紹介したいと思う。

自分自身の周りでも時々話にでる、「年取ると時間が経つのって早いよなぁ・・・」という話題について彼はこんなことを言っている。




この間、友達と三人で淡路島に行った。

その帰り道、帰りは早く感じるなあという話になった。

話しているうちに、そういえば、子供の頃の一年は長かったなあ。今の三年や四年分くらいには感じていたのに、今は一年が経つのが早いこと、早いこと。それと似たようなものなんじゃないかということになった。

「でも、それはなんでだろう」と友達が言った。

それで僕は、こう答えた。

「待ったら、長いらしいで」と。

人を駅で待ったら、ちょっとの時間でもすごく長く感じる。

それと同じ事で、子供の頃はいろんなものを待っていた。

夏休みを待った。冬休みを待った。クリスマスを待った。遠足を待って、運動会を待って、ほんとにあらゆるものを待っていた。

「待ったら、なかなか来いへんのや」と。

だから、時間を長く感じたんじゃないかと。遊びに出かけるときも同じことで、そこへ早く着かないかなと、待ちわびるから長く感じるというわけだ。

そしたら、友達のハシズメ君がこんなことをいいだした。

「それはいえる。でも、これもいえへんか。一回通った道は早く感じるんやないか」

初めての道は不安があるから、標識もよく見るし、ここで曲がっていいのかとか、もうそろそろガソリンスタンドがあるはずだとか、とにかくいろんなものを見てる。その間には珍しいものもあったりするし、好奇心が沸くこともあるだろう。ところが一度通った道は、余裕があるから、そんなにいろいろ周りを見ていない。何も考えないで、ただ走って来る。だから早く感じるんじゃないか、と。

子供の頃は、その行き道と同じことで、自分の進む道がいつも不安なのだ。この道でいいんだろうか、この道は間違ってないかって、いろんなものを見て、考えるから一秒一秒を長く感じる。大人は帰り道みたいなもので、そういう不安がないから、何も考えていない時間が長いから、あっという間に時間が過ぎてしまうのだ。

そんなことを話しながら、帰ってきたのだけれど。

だから、帰り道は、違う道で帰らなければいけないと思う。

旅行でも、人生でも。


じいちゃんの影響からか、俺は小さいころ時代劇を見て育った。


一週間のうちのほとんどの時代劇をチェックしていた。その中のひとつが「遠山の金さん」だ。


最近、この時代劇のめちゃくちゃさをふと感じたのでちょこっと書きたいと思う。


主人公である金さんは、普段は素浪人のような格好で普通に町に出没する。しかし、本当の顔は北町奉行所だか南町奉行所だか忘れてしまったがとにかく遠山佐衛門之上(漢字が合っているかは不確か)という町の御奉行様なのだ。


ただし、そんじょそこらの御奉行様とはわけが違う。とにかくすごい。


なんと刺青をしている。その刺青は右胸から肩、そして肘の辺りまで。そう、みんなもたぶん知っているだろう。桜吹雪の刺青だ。そして悪党と戦うときにはこの桜吹雪を完全に露出しながら相手をやっつける。もうどっちがいい奴でどっちがわりぃ奴なんだかまったくわからん。


その後悪党は奉行所にしょっぴかれ裁判みたいなのが始まる。

当然最初、悪党はシラをきる。


すると金さんは、「おうおうおう!!だまってきいてりゃ好き勝手いいやがって!」

「俺の顔は忘れてもぉ、この、桜吹雪を見忘れたとは・・・言わせねぇぞ!!!」カッ!カッッ!!カッッッ!!!



「ははぁぁぁ」



「安田屋、そちの犯した罪は断じて許しがたい。よってここに捌きを申し渡す。」






「一日オナニー10回」



「これにて一件落着!!!」



こんな感じで毎回一件落着する。

正直、実際にこんな御奉行様がいたとは思えないし、普通に考えたらちょっと強引過ぎるところもあるんだけど、このくらいやらないと時代劇にしてはインパクトが足りなくなってしまう。というかひとつの決まったパターンを作ってそれで売っていく感じだ。

他の時代劇にも共通するのは実際には絶対にありえない最強の何かがあるパターンが多い。紋所であったり、銭であったり。紋所を出す時、あんなに静かに、待ってましたと言わんばかりに、紋所を出すタイミングを与えてくれるはずがない。銭で竹をぶった切れるはずがない。時代劇ってちょっと考えるとこんなのありえないじゃんって思って笑ってしまうところがある。やりすぎずにインパクトを出しているようで考えるほうはよく考えるよなぁと思う。そこが時代劇の面白さかなとも思う。

他にも別のところで(例えば人物のキャラクター)とかで時代劇を作っているものもあるけど。


でも最近のはまったく見てないんだけどね。

まぁ時代劇は好きだったからこれから機会があれば他の時代劇も取り上げていきたいと思います。

先日、バイトでモデルの住処に行ったことを書いたがその時は3人いるモデルの中の一人しか在宅していなかった。今回はさらにもう一人のモデルが在宅していたのだが・・・。



その人を見た瞬間思った。


「うわぁぁぁめちゃやべぇぇぇ・・・神は我らを不平等に作りたもうたぁぁぁ!!!」


176センチミーターの身長にスラッとした手足、どこにあるのか分からないほど小さな顔、ビックリするほどドデカイおめめ、吸い付きたくなるような唇。


対する俺はというと、158センチミーターという短さを誇る頭のてっぺんから足の先、短くて太い手足(イボ付き)、荒地の魔女やら某お笑い芸人、さらには皇太○に似ていると言われる整形に踏み切ろうかどうか迷うような顔、あるんだかねぇんだか分からないような一重のおめめ、アヒルのような分厚くて気持ちの悪い唇。



「神は我らを不平等に作りたもうた。」



まぁ世の中に平等なんてないんだけどな。唯一平等なのは生まれてきたものはいつかは死ぬということ。それだけだ。


「世の中に平等なんてあれへんぞ~。」どっかの先生が言ってたっけ。


それでも生きていかなくちゃいけないわけだけどさ。でも満足のいく人生を送れるかどうかは別物だと思うんだよね。障害をもって生まれてきても納得して満足して毎日を過ごしてる奴もいるだろうし、全然健康体なのにだらだらと生きてる奴もいるだろうしさ。でも体の不自由な人は健常者より不便でできないこともたくさんあるっていう現実もあるだろうしそこんとこいろいろな考えや要素があって難しいんだけど・・・。


とにかく、「神は我らを不平等に作りたもうた。」



それでも人生楽しんで生きましょ♪