4.26 一部内容追記、編集しました

イミフなところが多かったので…ヘロヘロで書いたのでね

 

こんな素敵な会があり、奈良県吉野、丹生川上神社下社へ行ってきました。

 

 

 

 

 

 
丹生川上神社下社は初めて訪れます。
 
 
 
 
 
 
 
ご祭神は闇龗神(くらおかみのかみ)

古代はタカオカミ、クラオカミと分けておらず、おかみのかみとも

貴船神社のご祭神も同じおかみ(闇龗神、高龗神)です
 
高龗神は山の峰の龍神、闇龗神は谷の底の龍神と言われます。

 
ここには神馬の白馬(白ちゃん)と黒馬(黒ちゃん)がいま
す。
 
 
白ちゃんが白龍、黒ちゃんが黒龍なんだとか。
 
夕方5時のサイレンが鳴ると同時に、黒ちゃんが首を使って柵を開け、
 
白ちゃん、黒ちゃんと
次々に低い柵を飛び越え、
馬小屋に帰っていく様子が、
毎日アップされてバズってるんです。
 
 
今回、このお話会のお誘いを受ける前に
このいきさつもまた不思議だったのですが、
 
白ちゃん、黒ちゃんのこの様子を目にしており
丹生川上神社下社のことが
とても印象に残っていたので、
 
あまりのタイミングの良さにびっくりでした凝視
 
これも何かのご縁なんでしょうねキラキラ
 
 
この日、片道3時間かけて
丹生川上神社へ着くと
 
白ちゃん、黒ちゃんの
出勤姿を見ることができました爆笑
 
 
 
 
 
しばらく白ちゃん黒ちゃんと
たわむれた後、
 
丹生川の流れで、身を清め、太陽を拝みます。
 
 
 
そして拝殿の
階(きざはし)の下で参拝した後、
皆見宮司さんのお話。
 
丹生山頂上に本殿があるのですが、
本殿へは拝殿からきざはしを上がっていかないと
いくことができません。
ですが本殿に上がれるのは毎年6月1日だけです。

 
 
宮司さんのお話は
「言挙げせず」について。
 
日本は「言挙げせぬ国」として
和の心をもって生きてきた国
 
それは
言葉や体裁、形式よりも大切な
 
人の心や感情を
察して生きていくことの大切さを
日本人は知っていたから。
 
相手を思い尽くそうとする力があったからこそですね。
 
お互いが言葉に出さずとも
感じあって、信頼関係が生まれる社会。
 
互いに言葉を越えて心で感じあう社会。
古の日本は、
「No」と言えば、論理的に話せば、争いになるから、
「言挙げせず」の和の心をもって生きてきた。
 
「言挙げせぬ国」として
 
言葉を発するときは
相手の気持ちやすべてに心を巡らせて、
言霊として言葉に魂を込めていたんですね。
 
古からの和の心…
これからの時代、とても重要になってくると感じます。
しっかりとつないでいかねば、という思いに包まれます。

 
この

「言挙げせず」という精神は、

 
丹生川上神社の成り立ちについても
当てはまり、
 
言挙げされず明らかにされていないことが多くありました。
 
 
・なぜ丹生山本殿に近づかないのか
階(きざはし)の頂上に上がれるのは、毎年6月1日だけ。
 
 
 
 
・なぜ丹生川上が古書に詳しく書かれているのか
 

・なぜ、馬が大切にされるのか

丹生川上神社下社は、絵馬の発祥の地でも。

 

日々、訪れる人のない神社。

 

これでいいのか?と

 

疑問や不安、様々な思いが湧き上がってきても言挙げせず、

日課を淡々とこなす。

 

そして古文書や資料を読んだり、

きざはしの改修に関わる中で、これらの謎が解けていったそうです。
 

 

 丹生川上神社下社から
北の方向をたどっていくと
 
丹生川上神社下社を最南端として
 
藤原京、平城京、平安京と
真北へ続く1本のラインとなることがわかった、
 
さらにそのラインを伸ばしていった先、北端に福井県の御神島(おかみじま)があることがわかった。
 
御神島

これは、ご祭神のおかみの神と同じ「おかみ」として通じています🐉

そして、このラインには、天武天皇陵もある。
天武天皇は丹生川上神社の創設に関わっています。

貴船神社奥宮もこのライン上にある。
丹生川上神社下社のご祭神は闇龗神、貴船神社のご祭神神(闇龗神、高龗神)
同じおかみのかみです。

丹生川上神社下社、貴船神社のどちらもが絵馬の発祥地と言われています。

白馬を使って雨が降ることを祈り、黒馬を使って雨が止むよう祈りを捧げていた。
それが絵馬という形での祈りへと変わっていったようです。
 
 

 

「馬」は「午」、つまり「南」の方角を表します。

丹生川上神社下社はラインの最南端にあり、神馬の白ちゃん、黒ちゃんがいます。

馬(午)は、都を守るという意味があるとのこと。

ちなみに、皇居の真南にも同じく馬がいます。
大井競馬場です。

北端に、おかみのかみ(水神、龍神)として御神島があり、
 南端に丹生川上神社下社があり、守りの馬が置かれている。

けっして偶然ではない。
すべて意味を持って都は作られていた。

けれども、これらのことは
言挙げされることなく大切に守られてきて、
今、明らかになった。
 
これも意味があるのかもしれないのではないか?とのことでした。
 
 
身を乗り出して聴き入りました目がハート
 
 
お話の後、もう一度
階(きざはし)からご挨拶させていただきました。
 
 
 
 貴重な丹生の
寒九のお水も
わけてもらいました。
 
 
 
小寒から節分の期間に汲んだ特別な水
「寒の水」
 
なかでも寒の入りから9日目に汲んだ水は
「寒九の水」と言われ、
1年で一番済んだ水で、
「薬なり」と称えられるお水。
 
この丹生の水源、
中国人の手に渡るのを阻止するため、
丹生川上神社下社の皆見宮司さんが神社を抵当に入れて
買い取ったんだそうです。
 
そんな貴重なお水を
日本最古の水神が祀られる社から
いただけるとは…
 
なんとありがたい。
 

 

ありがたい気持ちと
古からの和の心をつないでいく
 
という思いに包まれながら
拝殿をあとにすると
 
 
 
白ちゃん、黒ちゃん
立ったまま
ウトウトお昼寝してました〜爆笑
 
 
 
この後
 
天河大弁財天社
女人結界
龍泉寺へと
向かいましたウインク
 
続きますルンルン