義母が他界しました。 | 婚活から結婚→あおい夫婦の城めぐり紀行☆

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婚活で色々な出会いがありましたが、ペアーズでトントン拍子にスピード結婚!

一区切りを経て主に、夫婦でのお城スタンプラリーを記録としてアップしていくブログです!


ご無沙汰しております。
おかげさまで私は変わらず元気に
暮らしております☆
長らくブログを書いておらず、
ふと気づけば二年ぶりとなってしまいました〜。

多忙でブログ書く暇がないっていうのも
ある意味幸せで充実した日々を送れているって
ことだと思います☆

ネタは豊富にあるのですが、
書く時間が確保できなく、、。

ゆるゆる更新していこうと思ってますので
2024年もよろしくお願い致します☆




久々のブログ更新で突然ですが、
阪神優勝で賑わっていた11月、
大阪の義母が他界しました。

若い頃から肺に疾患があり、
ここ数年で急激に悪化しました。

義父が癌で逝って二年あまり。

入退院を繰り返しておりましたが、
10月上旬、家族(夫と義妹)が病院に呼ばれ、
年越しは厳しいと医師から告げられました。

義母も薄々わかってはいるだろうけれど、
夫と義妹で余命宣告はしない、(言えない、)
逆に医者や家族に自分の病状を
詰め寄る事もなく、入院生活にて日に日に衰弱。

本人は疾患による全身の痛みが酷く辛いだろうに
義妹にも夫にも弱音はなかなかったそう。
それでも本人は家に帰りたい一心で
痛みに耐えて頑張ってご飯を食べ
夫と義妹ちゃんは良くなって家に帰ろうねって
励ましていたようで・・・
( 最後は自宅で過ごす準備をしてましたが間に合わずでした…  )

余命宣告しない、していない、となると… 
嫁である私は見舞いは遠慮しました。
私まで様子を見にはるばる行ったら、
ぼやっとわかってはいるであろう自分の身体を
もう長くないと間接的に知り勘付くし
確信に変わり悟る事になる。
夫は余命短いことを母親に知られるのが怖い?
知られたくない?ようで、私に
一緒に見舞いに来なくていい、と
言われていました。

普段は八方美人で嘘や知らんふり、
すっとぼけなんてしらっといくらでも罪悪感なく
できて、腹黒なくせに、、、
 ( 人を傷つけない様に周りが上手くいくならどぉって事ナイ!って意味ね、そうゆう嘘は鼻くそよ、基本平和主義なので )  
いざって時の嘘は真実を知ってしまっていると、
お義母さんにいつものように接する事が
できそうになく、ってかできないのが高確率で、
嘘ついて・・・良くなって家に帰ろうね☆!って
励ますなんてそんな真っ赤な大嘘つくのは
超絶下手くそで全く自信?なかったから、
見舞いおろかあえて通話もLINEもしなかった。

お義父さんが亡くなってからは
かかさずに月一で私から電話していたのに。

もうね、ホントこうゆう所、自分ポンコツすぎる★
すぐに顔に ( 口調や態度にも… ) 出てしまうから、、、お義母さんにも努力して振る舞っている周りの人間にも、そんなことになったら厄介でしかないから守りに入ったわ。
別にお義母さんだからではなく
他の家族や親しい人でも皆同じ、
私には性格的にできなくて★

てか、話は違うけれど、
根本的に私個人的には自分の余命を
はっきり知った上で
残りをどのようにしたいかってタイプだから、
余命宣告しないこと自体が腑に落ちないけれど、
そこは皆それぞれ家族によりけり、性格もあるし
承知だけどすごいモヤモヤでした。

私だったら、助かる見込みがない場合、
普通にあとどのくらい元気で過ごせますか??
治療するとどんな感じで最悪の場合は?
治療せずにいたら普通に暮らせそうな時間は?
動けなくなるまでのタイムリミットは
早くてどのくらい??
とか、
最悪の最短パターンと
治療して予後が一番よくて最悪どんなか etc.
全部ぜーんぶ
自分で医者に聞いちゃう人間だわ。。。
子供もいないし、
どうするかは自分で決めたいし、
真実を知る不安はなく、
それよりも家族にごまかされて本当の病状を
知らされない方が考えただけで超絶嫌だ。

実父母でもそうなったら私の本心は
本当の事をはっきり伝えたいけれど、
弟に相談して従うかなぁ〜。
自分はワンマンな所あるし、
自分の中で考えた結果、
いつも私の考えが一番良いと思って
周りにもゴリ押しして納めたくなってしまうけど。
本心は気休め?嘘?を言うのは無理なのは
揺るぎない。

夫にはこの機会に、
私はそうゆう考えだから!と伝えて
私がもしそうなった時は全て情報開示してやる、
と、約束?してくれたけれど。(笑)

夫にはお義母さんの件で
余命宣告しない事に対して、
有り得ない〜とちょっと言ったら、
本人にそんな本当のこと伝えられる訳ないだろ、
デリカシーないのか?サイコパスかよ!
くらいに本気で言われてしまった。

この話においては根本的に考えが違い、
話し合い?にもならないし永遠に並行線だ、
今後も分かり合えない事はだけは理解しました。

夫の余命宣告を妻である私が受けた時は
どうしようかなぁ〜と思いましたが、
その時は子無しだし周りに相談かな。。。

夫婦なんて所詮は他人同士、
親きょうだいでも理解し合えないことなんて
たくさんあるし、それ以上に知らない者同士。
この先はその都度、
折り合っていくしかないんだ、と思いました。


夫も常日頃の私をみるに?
一緒に大阪へオカンの様子見に行こう!とか
一切言わなかったし、
私も一緒に行こうか?と喉まで出かかっても
結局その一言が言えず終い。

夫がもう何度か実家へ帰省し
見舞いに行き来していて暫く経った頃には、
私までは本当に行かなくていいね?
お義母さんが変に思うから、
見舞いやめといた方がいいね?って
自分は行きたい気持ちはあるけど、
あえて行かないよ、ごめんね、の意を込めて
念を押す始末。
行く気もないくせに確認?して… 。。。
夫が見舞いに来なくていいって
ニュアンスだったから
行かなかった事に自分の中でしときたくて?
自分の保身?の為にこうゆう事言っておく
自分がホント嫌いだけど★

微妙だけど心の踏ん切りみたいな。
ホント自分の気持ち一番、
私っていつも自分の事ばかり★

義母にめっちゃ会いたい嫁なんかいないけど
本当は最後、意識のあるうちに一目会いたかった。
こんな私に良くしてくれて
ありがとうございました、
って心の中で言いたかった。

状況や私の性分では無理だったんだと
言い聞かせて消化。でも後悔はない。
これでよかったんだ、これしかできなかったんだ、
私にはベストな選択だった、とは思っていて。

お義父さんがいなくなったら
気分的に義実家の敷居が下がり?(笑)
ちょっと気楽な義実家へ帰省となってました。

お盆にはあーだこーだ昔の思い出話を
沢山お話しして楽しい時間を過ごしたのに。
これから恒例の帰省はまだまだ色んなお話
できたらいいなーって思ってたけれど、
同時にもう五年も十年もは時間はないだろうな、
とは予感はしていたけどかなり早かった。

義母が危ない期間、
週末は基本夫は実家に帰っていたし、
私も予定も立たないつまらない休日が
無駄に思えてゲンナリしていたし、
平日夜の夕食後、
微妙に上の空な夫には普段通りを心掛けて、
余計な事言わない、
今いらん事を頼まないようにするくらいしか
私の器じゃできなくて。
それが自分なりの精一杯できる優しさ?かなぁ〜と
努めたけれど、精神的にかなり疲れました。

義実家に帰省し葬儀を終えたからと
すぐに帰宅するわけにもいかずで
( 葬儀場&火葬場も混んでいてすぐに執り行えず… 
 そして今回は夫が喪主で。 ) 
少し滞在して一週間程かかりました。


私と夫が結婚した翌年には
義父の癌がみつかり一年ちょっと闘病。
その間に義父の世話をしていた義母も
持病が急激に悪化し、
義父母ダブルで入院な時もありました。

なんだか、夫の実家、夫と私が結婚してから
ホントいいことなしだな、と思ってしまいます。


長くなったので、
遺産相続や義妹のことなど愚痴は続きます……
( 多分、笑 )