血盟城の外から入る光は次第に弱まり、夜に近づいていく。
剣を自分の腹に刺した青年は意識を失い、グウェンダルによって治療室に運ばれていた。
「なんで・・・なんでコンラッドの身体を傷つけるんだよっ!」
有利は拳を壁に力の限り叩きつける。
「落ちつきなよ、渋谷」
「おかしいだろ?コンラッドを護るって言っておきながら、自分達でコンラッドを傷つけるなんてさぁっ!」
あの日もそうだった。
獅子と呼ばれる人格も自ら腕を斬りつけている。
「陛下、お静かに」
青年の治療をしていたギーゼラが部屋から出てきた。
「コンラッドの傷は!?」
「少し深く刺したようですが、命に別状ありません」
ギーゼラは血だらけのガーゼを抱えながら優しく笑う。
「ウェラー卿は起きてるかな?」
「ええ」
「じゃあ、おれ会ってくるっ」
そう言って有利は扉に手を掛ける。
「ちょっと、渋谷・・・」
「あ、他の皆には入って来ないよーに伝えといて」
「あのねぇ・・・・・・朝の事忘れた?」
青年が暴れた原因は少なからず有利にある。
凶暴な人格が出てきたら迷わず襲って来るだろう。
「おれに原因があるなら、やっぱりおれが直接会わないとっ」
ドアノブをギュッと握りしめ、部屋に入っていく。
パタンと大きめな音を立てながら扉を閉めたが、ベッドに横になっている青年はピクリとも動かない。
ゆっくり近付いていくと青年には首枷だけではなく、手足にも再び枷がかけられている事に気付いた。
本来、青年の治療は独房内で行う予定だったが、グウェンダルが説明もなく独房から別の部屋に移動させたいと言った為、この部屋で治療をした。
ただ、拘束無しでは危険な為枷を増やしたらしい。
「・・・・・・コンラッド」
この青年をコンラッドと認めたくなかったが、だからと言って別の呼び方が見つからなかった。
「・・・・・・」
青年はチラッと有利を見ると視線を天井に移す。
独房に居た時の人格とは違う雰囲気が出ている。
「さっきのオネーサンじゃ、ないよな」
「・・・・・・そう思うなら、そうじゃない?」
声質は少し幼く、トゲがある。
反抗期の少年と似ている。
「怪我、大丈夫か?」
とりあえず怪我の具合を聞くが、青年は「・・・・・・痛い」と無表情で答えるだけで、有利の方に顔を向けない。
その反応に少しイラつき「そーだよねー、お腹刺しちゃったからねー」と、ちょっとおちゃらけた感じで話してみるが、青年は無反応。
「なんで刺したんだよっ」
「・・・・・・」
「コンラッドを護るんじゃなかったのか?」
「・・・・・・」
「それともコンラッドの意志?」
「・・・・・・」
何を聞いても無反応。
会話が成り立たない。
この調子だと前に進まない。
どうしたものか、と考えていると青年が有利の方に顔を向けた。
「・・・・・・全ては"コンラート"の意志じゃない」
はっきりとそう言った。
「でもこうしないと“コンラート”が壊れるから•••また壊れてしまうから」
「その割には身体を大分傷つけてるじゃんっ」
「・・・・・・」
(そこはノーコメントなワケですか)
その後質問には一切答えず、数十分が過ぎた。
(おーてーあーげー)
やはり会話が成立しない。
ふざけても真面目でもこの青年はうんともすんとも言わなかった。
この反抗期の人格では埒があかない為、有利は村田を呼ぼうと椅子から立った瞬間「・・・・・・待って」と言う言葉が耳に入った。
青年に目を向けるが、有利と目を合わす事なく、天井を見つめている。
「代役が出たら“コンラート”はどうなる・・・・・・?」
(・・・・・・中に居るヒトと話してるのか?)
「だから待っ」
言葉が不自然に途切れた。
数秒ほど部屋全体が空白となる。
「・・・・・・おーい?」
ほんの数秒とはいえ、魂が抜けたような虚無が青年を覆ったので心配になった。
「すみません、陛下」
見慣れた笑顔を有利に向ける。
青年はゆっくり起き上がり「痛タタタ・・・・・・あの二人は容赦ないな」と呟いた。
「色々ご迷惑を掛けてしまって・・・・・・賊に襲われた時、お怪我はありませんでしたか?」
「え?ああ、おれは無傷。村田は腹筋とかしない限り傷は開かないし、すぐ治るってさ」
「それは良かった」
普通に質問されたので有利も普通に答えてしまった。
そうじゃない、と頭を振り「そんなことより・・・・・・えーと、コンラッド?」と聞いてみる。
今、目の前に居る青年の表情は、魔王に過保護で人当たりの良い性格の割になかなか捉えどころがない名付け親と同じだった。
「そう、ですね・・・陛下達にとって俺はコンラートです」
「なんだよそれ・・・・・・ったく心配させやがって」
呆れながら溜め息をつく。
ようやくコンラートに会えたと有利は胸を撫で下ろす。
「あんたが居ない間、すごい大変だったんだぞっ!」
「すみません」
笑みを絶やさずに謝る。
(・・・・・・あれ?)
有利の中に疑問が残った。
自分達にとってはこの青年がコンラートだ、と言うのはどういうことだろう?
「なぁ、あんたはコンラッドだろ?おれの名付け親で、似てない魔族三兄弟の次男坊で、ルッテンベルクの獅子って呼ばれててたウェラー卿コンラートだよな?」
「・・・・・・もし、俺が“コンラート”ではないと言ったらどうしますか」
「いや、あんたはコンラッドだっ」
間違うはずがない。
今までの人格はコンラートと全く別の性格であり、性別や年齢も違っていた。
しかし、この青年はあまりにもコンラートと似すぎている。
クリソツだ。
・・・・・・ウェラー卿コンラート、本人だ。
しかし、青年の瞳はそれを否定しているように見える。
「コン、ラッド?」
「俺は“コンラート”の代役なんです」
優しいこの声が、懐かしい。
「この身体の持ち主である“コンラート”は俺じゃありません」
「でもっ・・・」
「陛下が初めてウェラー卿コンラートという男と会った時には、既に俺が“コンラート”の代わりとなって表に出ていたんです」
だから、有利にとってコンラートはこの青年なのだ。
「じゃあ本当のコンラッドは?」
「何年も・・・いや、もう何十年も表に出ていません。“コンラート”の心は随分前に壊れてしまいましたから」
「コンラッドの心が、壊れた?」
「正確に言えば、壊れかけたんです。彼は希望を失い、意志を捨て、全てを諦めました。」
「なん」
なんで、と有利は聞こうしたが途中で口を噤む。
有利と出会う前、コンラートには辛い過去がある。
「俺達は“コンラート”を此処に留める為に、“コンラート”をこれ以上哀しませないように護ってきました」
幸せな未来を信じて。
いつか“コンラート”が笑って過ごせることを願って。
そして長い時間が過ぎ、“コンラート”は有利の魂を地球に運んだ時、ほんの少しだが生きる希望を持った。
「陛下と間接的にですが、一緒に過ごしていくうちに回復していったんです」
しかし、悲劇は起きた。
「たしか陛下は覚えていないんですよね?あの日のことを」
「・・・・・・おれ達は急いで城に戻ったんだよな」
そこまでは覚えている。
「そうです。そして城へ戻る途中、森の中で賊に襲われました。暗闇に紛れて四方から矢が飛び交い、森から出るのが難しかった」
「・・・・・・あ」
有利の頭の中に何かが過る。
賊に襲われて、誰かが怪我をしたはずだ。
「・・・・・・村田の脇腹に矢が刺さったんだ」
「陛下は魔力を使い、飛び交う矢と直接襲ってくる賊を吹き飛ばし道を作ってくれました。そしてあなたに言ったんです」
『先に血盟城へ向かって下さい』
『猊下は俺が連れて行きますので先に』
『無理に動かすと傷が開いて・・・・・・』
「陛下を促そうと手を差し伸べた時、陛下は」
「おれは、その手を・・・・・・払った」
「・・・・・・その手は代役の俺の手ではなく、“コンラート”自身の手だったんです」
あの時、ほとんど表に出てこなかったコンラートが自ら表に出て戦っていた。
しかし有利はコンラートの手を払い、罵倒した。
『おれに触るな!』
『あんたが居るのになんで村田がっ』
『村田はおれが連れて行く!』
『コンラッドなんか、もういらない』
「おれは」
最低最悪な言葉をコンラートに投げてしまった。
「俺達は後悔しています」
「こう、かい?」
「あの時あの瞬間、俺が表に出ていれば“コンラート”は傷つかなかった・・・・・・いや、誰でもよかったんだ。獅子でも女史でも少年でも、とにかく“コンラート”以外だったら・・・」
こんなことにはならなかったのに。
「俺は、俺だけは誰も信じてはいけなかった」
裏切られ、拒絶され、蔑まれる可能性があるというのに。
それなのに信じてしまった。
有利はコンラートを突き放さない、と。
「そして彼らは、特に獅子は“コンラート”の心を再び壊した陛下のことを許せず、全てを消し去ろうとしました」
剣を振り、辛い現実を排除しようとした。
「でもそれは、コンラッドの意志じゃないんだろ?」
別の人格が言っていた。
全てはコンラートの意志ではない、と。
「もし“コンラート”の意志だとしたら、俺達は躊躇いなく全て消し去ってますよ」
青年は血が出るほど拳を握る。
「“コンラート”が望んでないのは皆分かっています。ただ、このままだと“コンラート”は本当に壊れてしまう・・・だから俺達を此処から出して下さい。そして、二度とコンラートの前に現れないで下さい」
この言葉が有利の心臓を締め付ける。
「おれ・・・・・・ごめっ」
うまく言葉が発せられない。
何故あんな事を言ったのか。
何故拒絶してしまったのか。
何故その事を忘れてしまったのか。
「“コンラート”を陛下のお側にいさせたくありません」
青年の顔から笑顔が消えている。
「“コンラート”を陛下に触れさせたくありません」
「・・・・・・っ」
「俺達はあなたをもう、信じない」
コンラートの姿、コンラートの声、コンラートの瞳。
有利は青年に抱きつき何度もごめん、と謝り続けた。
「おれの所為でっ、コンラッドが・・・・・・あんた達が護ってきたコンラッドを、傷つけてっ」
有利の涙が青年の服に染み込んでいく。
その姿を見つめる青年は右腕を持ち上げ、そっと有利の頭に手を置いた。
「ユーリの所為ではありません」
心地よい声が耳に入る。
「俺が弱かったんです」
「・・・・・・っ」
有利は顔を上げ、青年を見ると一瞬だけ青年の表情が変わった。
「コン・・・ッ」
コンラッド、と言葉を発する前に青年はいつものコンラートと同じ表情になっていた。
「・・・また繰り返すだけだ」
青年は眉を顰め呟いた。
「此処に居てはいけない」
青年は魔力で拘束され、腹に深い傷を負った身体でベッドから出ようと有利を押しのける。
「待てよっ・・・さっきの、さっきの奴がコンラッドなんだろ!?だったらおれ、謝ら」
「今のあなたを“コンラート”に会わせるわけにはいけません」
拒絶した者を近付かせない。
「あなただけではない。グウェンダルもヴォルフラムもギュンターも・・・“コンラート”を見捨てた全ての者は俺達の敵です」
排除しないのはコンラートがそれを望まず、その意志が強すぎるから出来ないだけあり、本当はいつでも剣を抜ける。
「だから、どうか俺達を・・・“コンラート”を解放して下さい」
コンラートに生きる希望を与えるまで。
コンラートが生きる意志を持てるまで。
「・・・・・・嫌だ」
有利は身体を震わせ、喉の奥から無理矢理声を出す。
「おれはコンラッドと離れたくない」
己の所為でこうなった事は分かっている。
原因は全て自分だということは分かっている。
しかし・・・・・・。
「ちゃんと謝ってないのに、コンラッドとまだ話してないのにさっ、二度と会わないなんて約束出来るはずないじゃん!」
「陛下」
「おれがっ、おれ達がコンラッドを傷つけたなら、おれ達が謝らないとっ」
「あなた達に“コンラート”は」
「自分勝手だと思う。自己チューもいいトコロだよな・・・でもおれはコンラッドと・・・・・・コンラッドだけじゃなくて、他の"みんな"と話して、謝って、想いを伝えたい」
自分にはコンラートが必要だと。
側に居て欲しい、と。
護って欲しい、と。
涙を流し、嗚咽を堪えながら有利は青年の眼を見る。
決して逸らさないように。
そして青年はゆっくりと口を開く。
「・・・・・・俺達は“コンラート”の裏の感情なんです」
例えば、独房で怯えながら大賢者と対話した人格は、幼い時のコンラートが必死に耐えていた裏の感情。
例えば、質問しても殆ど答えなかった反抗期な人格は、少年時代のコンラートが必死に抑えていた裏の感情。
「俺達が生まれた理由は必ずあります。そして目的が果たせれば俺達は消えます」
"小人"と呼ばれていた人格は大賢者に頭を撫でてもらった瞬間、消えた。
甘えたい時期に甘えられず、何をしても褒められなかったコンラートが望んだ事を村田は"小人"にした。
目的は果たされた。
「陛下は、陛下達は“コンラート”と向き合う事はできますか?」
不幸と言うには重すぎるくらいのものを背負ってきたコンラートと向き合うことは出来るのか。
「全ての感情を受け止めることは出来ますか?」
数十年間、何もかも溜めてきた感情を全てコンラートのものとして受け止めることが出来るのか。
「“コンラート”に手を差しのべることが出来ますか?」
壊れた、壊した、壊された心の奥にいるコンラートに温かい手を差しのべることが出来るのか。
「・・・・・・出来る」
「──ってな感じでコンラッドの代役って奴が話してたんだけどさぁ」
グウェンダルの執務室にて、昨夜青年と話した事を伝える。
「僕達は今までウェラー卿の代役を“コンラート”だと思ってたワケね」
村田は手の込んだことを、と呟き溜め息をつく。
主人格ではない者同士が入れ代わるなら、今回のように各人格が主張しない限り気付くことは難しい。
「結局、どうすればいいんだ?」
ヴォルフラムの問いに有利は少し考え「平和的な話し合いで•••」と曖昧な答えを出す。
「話し合いって言っても、ウェラー卿の中にいる人格は凶暴だからすんなり解決出来ないと思うけどねぇ」
「なんだよ村田、約束したんだからしばらく大人しくしてるって」
「それは代役ってゆー人格が言ったんだろ?他の人格がどうかは分からないじゃないか」
村田に指摘され言葉に詰まる。
「おそらく今まで代役が基本表に出ていたんだと思うけど、他の人格をコントロール出来ているようには見えないし、信用度は低いね」
「そうかもしんないけどっ」
「あと、素直に本物のウェラー卿を返してくれるかが問題だよね」
仮に向こうが「ボクは本物のコンラートです」と言ったとしても信じて良いか判断出来ない。
何しろ、実際にコンラートと入れ代わり、誰にも気付かれずに生活していたのだから。
地球から帰還した時には雰囲気が変わりにくくなったとギュンターが言っていたが、その頃からコンラートと入れ代わっていたのだろう。
二十年近く騙していたのだから主演男優賞モノだ。
さらに、その話が本当ならば有利と村田は本物のコンラートには会った事がない、ということになる。
「えーと、そこは臨機応変に対応していこうぜっ」
「この、へなちょこが」
後先を考えない有利に執務室にいる全員が溜め息をついた。
グウェンダルはゆっくりドアを開ける。
部屋の中に入るとベッドに横たわっている青年と目があった。
その目には見覚えがある。
"女史"と呼ばれる人格だ。
「近付いても大丈夫よ。この状態で動き回る趣味はないもの」
包帯だらけの身体。
枷で戒められている身体。
その姿が痛ましい。
「陛下から話を聞いたかしら?」
「・・・・・・ああ」
「なら話は早いわ」
青年は身体を起こす。
「単刀直入に言うけど、私が生まれたのはあなたが原因よ、フォンヴォルテール卿」
「・・・・・・」
すまない、と口を開きかけた時、青年は「謝るのはまだ早いわ」と言葉をかぶせた。
「あなたは“コンラート”の事を知らない・・・・・・知らな過ぎる」
そして、それを知ろうとしない。
知らないふりをする。
だから私はあなた達が嫌い、と冷たい言葉を投げつける。
「何故私が生まれたか分からないでしょ?」
「・・・・・・」
「何故私が生まれないといけなかったか分からないでしょ?」
「・・・・・・」
分からない。
百年も兄弟として過ごしてきたが、自分は何一つ弟の事を知らない。
「思い出しなさい、あなたの罪を」
「私の罪、だと?」
困惑するグウェンダルに青年は「そういえば私を此処に運んだのはあなたらしいわね」と、いきなり話を変えた。
「"コンラート"が折檻されていたと知って驚いた?」
「・・・・・・ああ」
本当に驚いた。
誰にも言わなかったコンラートと、全く気付かなかった自分に。
「“コンラート”は必死に隠していたわ、自分の立場を知っていたから」
「立場・・・」
たとえ魔王の息子だろうとも、人間の血が混ざっている下等な者。
決して対等ではなく、魔族と認められない。
弟が出来たということを聞き、同時に弟を蔑む言葉もグウェンダルの耳に入った。
そして、ようやく歩けるようになったばかりの幼いコンラートに浴びせられた言葉はどれも酷いものだった。
コンラートが成長すれば、周りの目は益々冷たくなっていく。
それでもコンラートは何も言わなかった。
それが当たり前だと言うように。
「立場を理解していたから“コンラート”は何も言わなかったわ」
それが例えどんなに耐えがたい仕打ちを受けたとしても。
「フォンヴォルテール卿、あなたが“コンラート”をベッドに運んだのは二回目ね」
青年はグウェンダルを何かに導きたいのか、ヒントを出すかのように話を変えていく。
「二回目?」
記憶を探る。
(あの時か・・・)
式典中に倒れたコンラートをグウェンダルが抱えて運んだのは、ヴォルフラムがコンラートの父親が人間だと知って間もない頃だった。
身体の不調を隠し続け、無理して、限界がきて、倒れた。
『大事な儀を中断させるとは・・・』
『下賤な血を引く者を参加させる事自体間違いだったのだ』
病人に対しても容赦ない雑言。
当時、周りの上級貴族達に嘗められないよう必死だったグウェンダルは、何も言えずただ噛み締めることしか出来なかった。
(・・・・・・そうか・・・)
グウェンダルは何故この"女史"と呼ばれる人格が生まれたのか分かった。
やっと分かった。
『せめて女だったら下級貴族にでも嫁がせる事が出来るというのに』
『子を孕まぬ混血か・・・』
『利用価値もない』
貴族達がベッドで寝ているコンラートに言い放った言葉。
そして貴族達は「そう思うだろうフォンヴォルテール卿?」とグウェンダルに同意を求めた。
グウェンダルは一言「はい」と同意した。
同意してしまった。
(コンラートは聞いていたのか・・・・・・)
あの貴族の言葉を。
そして、同意した兄の言葉を。
「ようやく思い出したようね」
グウェンダルの頭の中にコンラートの声にならない想いが響くように感じた。
せめて女だったら、こんなに辛い思いをしなくてもすんだのに。
子を生める身体だったら、もっと明るい未来があったのかもしれないのに。
利用価値があったら、兄に見捨てられることなく、弟に拒絶されなかったかもしれないのに。
「あなたに分かる?私を作り出した“コンラート”の気持ちが」
貴族の言葉に同意した兄に絶望しながら、せめて自分が女だったら•••と願ったコンラート。
何も知らず、
何も見ず、
知ろうとせず、
見ようとせず、
手を差しのべようとせず、
見捨ててしまった。
言わなければ、言ってあげなければいけなかった事があるにもかかわらず、言葉が出てこない。
「あなたが“コンラート”を弟と思うなら、これ以上“コンラート”に関わらないで」
青年はグウェンダルから視線を外した。
「あなた達がいなくなれば、あなた達の事を忘れれば“コンラート”は傷つかずにすむの」
(全てはコンラートを護る為、か・・・)
それがコンラートの為ならば、青年の言葉を受け入れよう。
「私を殺してコンラートの傷が癒えるのなら、私を殺せ」
腰に下げていた剣を青年に差し出した。
「コンラートを護れなかったのは・・・いや、護らなかったのは私の罪だ」
罪は償わなければいけない。
青年は剣を受け取り、ベッドから出る。
「殺してはいけないって代役に言われていたけど、あなたがそれを望むなら」
剣を持つ手に力を入れ、心臓を的に構えた。
「殺すわ」
青年の足が前に踏み込んだのを確認し、グウェンダルは静かに目を閉じた。
グウェンダルは背中に痛みを感じた。
おそらく青年が床に押し倒したからだろう。
しかし、予想していた痛みが無い。
目を開けると青年の顔が目の前にあった。
「・・・・・・何故、止めるのよ・・・」
青年は荒い息で身体を震わせながら呟く。
青年の声はグウェンダルではない、他の者に対して発してした。
「・・・・・・あなたが一番、許せないはずでしょう・・・」
剣はグウェンダルの身体から逸れて、床に突き刺さっていた。
「殺さ、ないのか?」
「殺したいわよ。殺したいに決まっているでしょう」
青年の声は微かに弱くなっている。
「あれだけの事をされて、何故・・・・・・」
青年は剣から手を離し、拳をつくるが、ぶつけられない怒りだけが交錯する。
「すまない」
そう言ってグウェンダルは青年を自分の方に引き寄せ、抱きしめた。
「・・・・・・っ」
突然抱き寄せられた青年は驚きの余り、抵抗することすら出来なかった。
「何年も何十年も辛い思いをさせてしまった」
「離しなさい」
グウェンダルの腕から逃れようと身を捩るが振り切ることが出来ない。
「私はコンラートを護ってやれなかった」
「・・・・・・離して」
「抱きしめてやることが出来なかった」
その言葉を聞いて青年は抵抗を止めた。
「“コンラート”は、あなたに認められたかった」
厳格で、しかし不器用な優しさを持つ兄に。
「“コンラート”は、あなたに見捨てられたくなかった」
だから全てを隠した。
「独りは、嫌だった」
苦しみと悲しみに耐えられないから。
「・・・・・・お前は私を兄と認めないと言ったな」
グウェンダルは優しい口調で言葉を繋ぐ。
「ならば兄と認められるまで生きていく」
「何を、言っているの?」
「この不甲斐ない私を、お前が認めるまで何年でも何十年でも待ち続ける」
コンラートがそうだったように。
コンラートの兄だと言えるまで百年近くかかった。
長い間待たせたのだから、残りの人生を全て掛けて待ち続けよう。
「しかし、それがコンラートの苦痛の元となるのなら、お前が私を殺せ」
コンラートではなく、他の人格ではない、目の前に居る"女史"に語り掛ける。
グウェンダルからは青年の顔は見えないが、服を通して瞳を濡らしているのはわかった。
「此処には“コンラート”を必要としている人はいる?」
「・・・・・・ああ」
「此処には“コンラート”を護ってくれる人はいる?」
「ああ」
青年はグウェンダルの服を握りしめ、恐る恐る声に出す。
「此処には“コンラート”の居場所はある?」
「当たり前だ」
魔王の隣。
どんな上級貴族だろうと、どんな強い魔力の持ち主だろうと、決して手に入れることが出来ない、絶対領域。
コンラートだけが許された、場所。
コンラートだからこそ許された、場所。
「コンラートはもう、独りではない」
「・・・・・・あ」
青年が口を開いた瞬間、グウェンダルを突き離し「避けて!」と叫んだ。
その声でグウェンダルは咄嗟に左に身体を反転させた。
「・・・・・・っ!」
態勢を立て直し、青年の方に視線を移す。
「オレに、触るな」
青年は剣を左手に持ち、狂気に満ちた目で睨んでいる。
「オレはもう騙されない」
言い聞かせるように何度も呟く。
「裏切られるだけだ•••誰も信用するな」
枷の所為で身体に相当な負荷がかかっているにも係わらず、剣を振り回し、近付くことが出来ない。
青年の動きは早くないものの、押さえ込めるほど鈍くはない。
「くっ・・・・・・!」
グウェンダルの右肩に剣が掠り、隙を作った瞬間、青年は部屋から抜け出してしまった。
舌打ちをしながら廊下に出るが、既に青年の姿は見えない。
一刻も早く青年を捕らえるよう兵士に指示をした。
「兄上っ」
後方からヴォルフラムの声が聞こえ、顔だけ振り向く。
「奴が逃げ出したというのは本当ですか!?」
末弟の問いに「ああ」とだけ答えた。
「お前は陛下の側に居ろ」
「しかし!」
「小僧の事だ、いつものように無茶をするだろう。あれを止めるはヴォルフラム、お前の役目だ」
諫め役だった魔王の護衛が、今はいない。
「・・・・・・分かりました」
ヴォルフラムは何か言いたげだったが、言葉にすることなく有利の下へ向かった。
(私は本当に至らぬ兄だ)
心配するな、と一言伝える事も出来ない。
後悔だけが残っていく。
「閣下、傷の手当てを」
ヴォルフラムが去った後、兵士数名とギュンターがグウェンダルのもとへ近付いてきた。
「掠っただけだ。大事ない」
右肩に痛みは感じない。
見た目より傷は浅いだろう。
「お前達は城の出入り口を固めろ」
それだけ言うと兵士は一礼し、その場を離れた。
「グウェンダル」
「・・・・・・このまま奴を此処に留める事が良策だと思うか?」
有利と村田はあの日何が起きた詳しく話さないが、もしあの青年が言っていたように拒絶されたのなら、此処に留めるのは残酷というものだ。
「このまま城から出してしまった方がコンラートの為になるのではないか?」
「それは違います」
ギュンターはグウェンダルを否定した。
「何が起きたのか分かりませんが、決して陛下がコンラートを拒絶するなんてことはありません」
予想ではなく、絶対。
「せめてコンラートに・・・いえ、あの人格達に、コンラートにとって陛下がどれほど大切か分かってもらえるまでは」
城から出してはいけない。
「・・・・・・そうか」
結局、自分は何もしてやれない。
それが罪の証。
護れなかった、
護らなかった、
罰なのかもしれない。
「私達はコンラートの全てを受け入れていかなければなりません」
グウェンダルの気持ちを感じとったのか、ギュンターは視線を窓の外に移しながら言葉を繋いだ。
「私達が出来る事は、それだけなのです」
NexT...
tHe tHeME oF thE RhApsodY AcT.4
―☆次男溺愛ranking★―獅子受主張rankマ王と水洗WC『ランキング』
いつもよりも赤い夕日が血盟城を包んでいった。