道の瀬に 学びし人の ゴムの靴

                    

人は壁にぶち当たるほど学ぶ。

恐るべきは学習能力。

逆に、学習能力がなければただの産業廃棄物だ。

賢きは 時と愚かに 早変わり

                   

愚者は賢者になりえないが、賢者は一瞬にして愚者になりえるのだ。

一方通行の紙一重。

落ちられはするが昇れはしない。

帰りの道中、小学生たちが

「健康、金持ち、幸福」のどれかになれるとしたら、どれにする?

という会話をしていた。

一人は金持ち、一人は健康、という具合になりたいものが違っていた。

一見すると「幸福」が最も良いように見えるが……。

ならばどれが正しい選択なのか、真剣に考えてみよう。

まず一応の定義を編み出す。


金持ち……自分(あらゆる人)よりお金を持っている人  

健康………身体的、社会的、精神的に完全に良好であり、たんに病気または虚弱でないことではない

幸福………心が満たされている状態


「金持ち」の定義は人によって変わるので、 確実な金持ちは世界で一番金を持っている人に限る。約8兆円とかそこら。

「健康」は定義がはっきりしている(世界的に定められている)が実現するのは実質不可能。

「幸福」は定義が曖昧。抽象的。


健康の定義の、身体的、社会的、精神的に完全に良好って。

わかりやすく言うと、

『誰よりも強くて性欲はあって快眠で怪我は常になくてどんな病気にも絶対にかからなくて誰からも嫌われずに自立していて悟りを開いている状態』。


若干矛盾してるところもあるが、これになれるの?すげぇ……。

そもそも金要らないし、抽象的である幸福の最上級だ。


よって、「健康」がWHOの定義のままなら、「健康」を選ぶ以外ありえない。


以上、屁理屈考察でした。

なけなしの 実を譲り合う 神の民

                     

取り合いのじゃんけんより、譲り合いのじゃんけんのほうが億倍魅力的だ。

それも目立たないように譲れば、言うことなしだ。

鉄の棒 月日と雨で 腐れ落つ

                   

使われなくなった能力は、埃をかぶる。

その状態の能力は磨けば光る。

さらに長く使われなかった場合、もっと手間がかかる。

最悪の場合、使い物にならなくなっている。

弱き事 大事の為に 意に消える

                    

小さき諍いは大きな目的のためには消滅するが、

腹を立たせるのも事実。

社会的マナーには気を付けよう。

想像を 膨らませたる 黒の線

                   

字は想像、発音により意味を持つ。

想像できない文字は、読めない文字だ。

7年前、先生が「公の場で不適切な行いが云々」言ってたけど、

小学生であるので、「大焼け?なにそれ火事場?」みたいに思ってた。

「暁」もなんか熱そうだと思った。

身に染まぬ 正しき意思と 善しき行

                      

行=ぎょう


心が未熟(というよりマイナス)なものにとって、善い行いは良く映らない。

「良い子ぶってんじゃねーよ」は、良い子ぶってない良い子しか言えないはずだ。

後列で 背に砂なびる 世不知者

                    

ガキは馬鹿だ。

義務と権利を弁えていない奴は存在する。