「少し早いけど、今日美穂と一緒に選んだから良かったら使って。」
まさかのグラタンに加えて、このサプライズに兄は本当に驚いているようだった。
「おお、ありがとう、美穂ちゃんも選んでくれてありがとう。」
一杯食わされたな、そんな事を言いながらリボンを解く兄を美穂は最高に可愛いと言っていた。
少し値は張ったけれど、大学生になる兄へTomorrow Landの万年筆を贈った。
兄はそのペンを見るやいなや、小さなメモ用紙に「ありがとう」と試し書きをした。
「いや、やっぱり嬉しいプレゼントだからいつもよりも巧く字がかけるね。」
「いつも通りだよ。」
こんなことしか言えない私は可愛くないのかもしれない、美穂ならなんて言うのだろう。
そんな事を考えているうちに玄関のチャイムが鳴った。
「菜穂だよ、あれ、メールを送らなかった。」
驚いているのは私よりも美穂の方だ、まさかの真打登場といった具合だろう。
携帯を見直すと、確かに夕方兄からメールが届いていた。
もしかしたら帰りの電車のなかで圏外になったときに送られてきていたのかもしれない。
「どうしたの、今日泊まっていくの。」
「泊まりっていうか、ちょっと待っていて。」
兄は玄関に向かって歩いて行った、美穂が脇腹を小突く。
「私がいても平気なの、っていうか先に言ってよ。」
美穂は少しいじけているようだが、遠慮することなど一つもない。
「気にしないでよ、それに菜穂さんにも美穂の話ししてあるし。」
「えっ、それって何を。」
こんな美穂を見るのは久しぶりだ、少しこのままからかって置くのもいいかもしれない。
「こんばんわ、沙紀ちゃんお邪魔します。」
リビングに兄が菜穂さんを連れて戻ってきた。
いつ見ても可愛らしいという言葉が似合うひとだ、今日は白と黒のワンピースに薄い紅色のジャケットを羽織っている。
ええっと、と菜穂さんが考え込んだ処で兄が口を開いた。
「沙紀の親友の美穂ちゃんだよ、ほら武勇伝の。」
「あなたが美穂ちゃんね、色々と楽しい話しを聞いているわ。」
「武勇伝…んっ、ああ、初めまして、あの、宜しくお願いします。」
「そんなに改まらなくても、そうだ、菜穂さん、今日は泊まっていくのですか。」
ソファに腰を掛けた菜穂さんにお茶を手渡す、グラスは当然江戸切子だ。
「あれ、隆から聞いていないの。」
兄は笑いながら計画変更、と叫ぶとどこからか大きな包みを取り出した。
開けてみ、という風に頷くと私にその包みを寄越した。
中には反物が、それも淡いブルーと濃紺が自然と溶けあい、その上に白梅が鮮やかに散りばめられ、その袖口になるだろう部分には真っ赤な紅梅が一点ずつ線が引かれた、夢の織物が入っていた。
「どうして。」
言葉にならなかった、美穂はその突然の出来事に驚きながらも目の前の着物の美しさに目を奪われているようだった。
兄は得意げに話し始めた。
「まさか俺へのサプライズもあるとは思わなかったけど、これさ、親父とお袋からプレゼントだよ。」
お父さんと、お母さんからの贈り物っていうこと。
「そう、生産が間に合わなくて誕生日は過ぎちゃったけど、少し早い成人式用の反物にだってさ、前に親父たちに着物の話しをしていたのだろ。」
涙が零れているのを美穂に指摘されるまで気が付かなかった。
忘れられていると思っていた、自分から伝えるのは癪だったから特になにも言わないでいたのに。
「ちゃんとお礼の電話をしとけよ、今日だと向こうでは朝の忙しい時間だろうから明日にでもさ。」
頷くだけで精いっぱいだった、こんなに自分自身でも嬉しいとは思わなかった。
海外に行ってしまってから、数か月に一度母親が帰国するだけで父親には殆ど逢えていない。
それでも、覚えていてくれた事がどうしようもなく嬉しかったのだ。
そして、と言って兄はまたごそごそし始めた。
これが俺と菜穂から、そして…。
「これが私から。」
美穂だった、さっきまで突然の出来事にあたふたしているように見せていたのは演技だったのか。
「これどういう。」
状況がまったく解らないのだ、嬉しい事には変わりないのだが少し頭が追い付いていない。
それに菜穂さんからは、とても「高価」な簡単なものを以前に頂いている。
「沙紀にちゃんとしたプレゼントを渡せていないなと思っていたら、親父からこの反物の事を聞いて、だったらもう一度合わせてお祝いするかって。」
兄に続いて菜穂さんが話す。
「それで、その着物に合う髪飾りを私と隆で選ばせてもらったの。」
言われた通り中には上品な色遣いの髪飾りが一式収められていた。
「そして、ついに私の出番。」
美穂が待っていましたとばかりに話し始めた。
「お兄さんに一週間前に呼び出されて話しを聞いてね、私からのはそんなに高価ではないけどお揃いだから良かったら付けてほしい。」
美穂から渡された包みの中にはハワイアンジュエリーのリングが入っていた。
「ほら、去年沙紀から貰ったリングを三日で無くしちゃったでしょ、だから。」
なんて幸せなのだろうと思う。
これ以上に幸せを望む事は罰があたりそうな気さえする。
だから、美穂はあの時夕飯の前にメールを、と話していたのか。
あれは興味があった事以上にこのサプライズに向けての一つの準備だったのだろう。
いつの間にか立場が逆転してしまった祝いの席で、感謝で埋もれた涙と鼻水を抱えながらあの時に、美穂が話した「恋文」の意味を私は考えていた。