…僕にとって、目に見えないものこそ大切なものだと思える。
それは様々な「音」を僕に聞かせてくれるから。
例えば鳥が何処かで囀った時、目が見える人は当たり前のようにその声がするほうを見る。
そして鳥の姿を探すかもしれない、その姿が見つかれば喜ぶし、見つからなければ探し続けたり、もしかしたら諦めたりするのかもしれない。
でも僕にはそれが出来ない、だから想像をする。
どんな鳥なのか、尾羽の形や嘴の色、羽ばたく時の音、全てを考える。
もし、光を取り戻せたらどんなに美しい世界を見る事が出来たのかと悔やんだり、自分の視力を呪った時もある。
街中で、誰かが綺麗だと口を開いてその輝きに目を奪われても僕には何も見ることが出来ないから。
でも、そうじゃなかった。
想像することで、世界は様々な色を僕に与えてくれる。
そしてその景色を「音」に変えればどこまでもその景色は広がっていく事に気づけた。
だから、空さんの「御簾越しの手紙」という自己紹介欄に惹かれたのかもしれない。
どんな色なのか解らない恋、そんな恋を大切にしているのかと思ったのだ。
誰かから見れば僕の言っている事は、盲目男の戯言かもしれない。
それでも無くしたものを悔やむより、これからをどんなに素晴らしくしていくかを考えた方がいいと思うのだ。
綺麗事かもしれない、だけど僕はその綺麗事が好きだ。
それと、親友さんも落ち着いたみたいで安心しました。
それでは、また連絡します…。
初めて彼が盲目である事を打ち明けて来た時私は信じられなかった。
どんな景色でも、「空」でさえ「音」に変えて表現してくれた彼が、と。
あの優しげな感性の裏側にあったもの、それは彼の人生だったのだ。
私はそんなことにも気が付かないまま彼と接していた。
感性が大切だと言っていた事が愚かしく感じた。
結局何も解っていなかったのは私だったのだ、彼が言ってくれた「御簾越しの手紙」の意味だって履き違えていたのかもしれない。
彼は視力を失った事を、今では幸せだと話していた。
本当にそうなのだろうか、私は目を閉じてみる。
…何にも見えない、ただ闇が永遠に続いているだけだ。
このまま一階に行ってみよう、そうだ、去年行った養護施設での体験では壁を伝って歩いた。
私は椅子から立ち上がり、壁に手を添わせる。
一歩、二歩、三歩…ゆっくりだが歩けている、しかし闇に囚われ先が見えない「自室」はもはや違う空間だった。
七歩、八歩、ドアノブを引いて廊下に出る。
確か右側に階段に続く手すりが合ったはずだ、それに掴まれば…。
「…おい沙紀、大丈夫か。」
兄の顔が目の前にある、あれ、どうして。
「すごい音が聞こえたから来てみたらお前がそこに倒れていたんだよ。」
そう言って兄は踊り場を指差し、私の右足に湿布を巻いてくれた。
動かそうとすると、ズキズキと痛む。
「緊急外来に電話したから、立てるか。」
「ちょっと無理かもしれない、ごめんね。」
「よし、ちょっと待っていろ。」
兄は玄関まで向かうと車のドアを開けて戻ってきた
「ちょっと痛むかもしれないが我慢してくれよ。」
兄は私を抱えるようにして持ち上げると車まで運び助手席にそっと降ろした。
そして、座席を一番後ろまで下げると二段階程リクライニングを倒した。
「鍵かけてくるから、動くなよ。」
私は何をやっているのだろう、こんな心配までかけて。
あんな事をしても彼の気持ちが、暗闇の孤独が解るはずないのに。
「さ、行くぞ。」
兄はゆっくりと、普段よりもずっと丁寧に車を発進させてくれた。
「ごめんね、ありがとう、お兄ちゃん。」
兄は無言のまま頷くと、昔してくれたように優しく頭を撫ぜてくれた。
