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2026年3月22日 日本軍が虐殺と集団レイプを行った 仁藤夢乃さん

 

 

●仁藤夢乃さん「赤い家」減築報告

フィリピンの「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)と呼ばれる建物を訪れました。 

1944年11月23日、フィリピンのルソン島中部のパンパンガ州、カンパダ村のマパニケでは、夜明けから日本軍による襲撃がありました。抗日ゲリラを囲っている、住民のなかにゲリラがいるという嘘の口実での襲撃でした。 

当時マパニケの人口は約1000人で、200~250世帯が暮らしていました。

 村の男性たちは集められ、残虐な方法で殺され、自身の皮をはいで食べさせられたり、生きたまま火をつけられました。 

村の住宅から日本軍が宝石や衣類やお金など高価なものや欲しいものをなんでも奪った後、すべての家を焼き尽くしました。 

子どもや女性たちは、日本軍が奪ったものを運ぶように命令されて、数キロ離れた「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)まで連れてこられ、少女と女性たちは10歳ほどの子も含めてレイプされました。 被害者の女性は1996年に52年の沈黙を破って被害を名乗り出ましたが、日本政府は謝罪や補償をしていません。 今も、村には当時被害にあった女性が90歳近い年齢でご存命です。 この家を管理している男性は、「私たちの村で日本軍がしたことを日本人に知ってもらいたい」と話していました。

 この建物は、日本軍による集団レイプや虐殺があった日から82年以上そのままになっており、フィリピン政府は保存を希望していますが、土地が売られてしまっているため保存が難しく、朽ちて危険があるため来年には取り壊しになるかもしれないとのことです。 「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)で起こしたことを反省しないままでは、日本社会で性暴力や性搾取をなくすことはできません。 

もしもこの建物がなくなっても、私たちが記憶し、加害を反省し、語り継いでいかなければなりません。

 

●どうぞご覧ください。
当ブログでも、以前、『赤い家』のおぞましい虐殺と女性の監禁・性奴隷化を取り上げたことがありました。

 

 

 

暇空を敗訴確定にあたって Colabo仁藤さんより報告あり

Colaboがタコ部屋などとデタラメの情報発信をしていた暇空との裁判で勝訴したとのことです。

家庭に居場所が無く路頭に迷う少女達を救済し居場所となるシェルターを提供してきたColabo。
 

損害賠償はたったの220万円であったようですが、暇空が敗訴したことは当たり前ではありますが、とても大きな意味があるように思います。

デマと誹謗中傷の加害者に対する一連の裁判に関する勝訴・加害者起訴報告

 

 

 

Colaboはこれまで、誹謗中傷等の加害者に対し、27個以上の関連訴訟すべてで勝訴しています。

女性支援に対する攻撃が金儲けの手段になる社会を変えるため、少女や女性の人権を守るために裁判でも闘っています。

 

<暇空敗訴確定にあたって、代表仁藤によるコメント>

2026年3月12日、Colabo及び仁藤が「タコ部屋」などのデマについて、暇空を名誉棄損で提訴した事件(4)で、最高裁暇空の上告受理申し立てを棄却し、暇空敗訴が確定しました。 

朝日新聞による報道『女性支援団体の名誉毀損、「暇空茜」への賠償命令が確定 最高裁』

 

暇空によるデマが認定され、投稿の削除と、Colabo及び仁藤に計220万円の損害賠償の支払いを命じられた地裁、高裁判決判決が確定しました。

Colabo関連の訴訟での暇空敗訴は、私たちが関わっているものだけで21個となりました。

初めての裁判で、こんなに長い闘いになるとは思いませんでしたが、みなさんのおかげで活動を続けられました。

お一人おひとりの、ご支援に感謝いたします。


勝訴を積み重ねたことにより、社会的信用が回復することを願っています。

Colaboに対する「会計不正」をはじめとする数々のデマは、はじめから事実に基づかないものでしたので、勝訴は当然のことでありますが、判決を得るためには長い時間がかかり、その間に、多くの人は、Colaboに対するデマや誹謗中傷、活動現場への数々の直接的な暴力や脅しが繰り返されたこと、それによってたくさんの少女たちが傷つけられ、命が脅かされる事態になったことを忘れています。

暇空茜を中心としたデマ拡散から3年半経った今でも、傷ついた少女たちへの影響だけでなく、委縮した行政や政治家、メディアや専門家の態度、形骸化した女性支援によって放置される少女性搾取など影響は深刻で、少女たちへ新たな人権侵害を生みだしています。

社会的な影響が大変大きい事件であり、デマは人の命を脅かし、社会を壊すことを実感しています。

司法判断を求めても、今の制度では加害者たちには痛手がなく、一方で私たちは本来の活動のための時間や労力、費用を費やして裁判を闘う必要があり、これだけの勝訴判決を得ても被害者の権利回復には到底至らないことを実感しています。

暇空茜は「Colaboと戦う」ために2億円のカンパを集めたそうで、模倣者たちも数百万〜数千万円のカンパや動画収益をColabo攻撃で得ています。

一方、Colaboは行政の萎縮によって、本来公的責任のもとで行われるべき活動について年間5千万円以上活用していた補助金等が活用できなくなり、経済的に厳しい状況に置かれ、市民の寄付で活動を継続しています。

今後こうした攻撃がまかり通らない社会にしなければなりません。

Colaboに対するデマや誹謗中傷について、全容をまとめた本Colabo攻撃ーー暴走するネット社会とミソジニー』を、ぜひたくさんの方に読んでいただきたいです。

私たちに何が起きたのか、Colaboが受けてきた妨害とその影響について、知ってほしいです。

現状を共に見つめ、痛みを言葉にし、差別や暴力の構造を理解することは、社会を変える力になります。

差別と暴力が蔓延する社会を変えるために、多くの方に引き続き連帯していただきたいです。

 

2026年3月13日 代表理事 仁藤夢乃

 

 

 

 

『今どこにいますか』Are You Safe Now ? Tokiko Kato

 

 

 

今どこにいますか。Are You Safe Now ? 

加藤登紀子が3.11東日本大震災の一週間後に作曲したという曲です。

 

あれから丁度15年です。

たくさんの方々が命を無くし、村は津波にさらわれました。

 

自分は、2011年12月に釜石市箱崎半島の小さい漁村被災地の現地調査に入りました。

標高15mまでは家々がすっかり無いのです。敷地内の砂地からはゴム長靴が顔を覗かしておりました。小川は砂や小石で埋まっておりました。

漁業組合の鉄骨の建物は鉄骨の骨組みしか残っていませんでした。

小学校の校舎は、板の床が抜け、かろうじて教室の黒板はかかったままでした。

 

役場による村の復旧説明会にも記録係として後ろの方に参加しました。
イラつく漁民の方々からは、怒号の質問が飛び交いました。役場職員は丁寧に答えられることだけは答えていました。まだ復旧事業の見通しもない時でした。
高台移転の事業の説明もありましたが、漁民側からは集落の直ぐ裏手の山にしてくれと要望が出ました。そこは東斜面地ではありましたが、漁民側は毎日眺め続けた集落の真横の山が一番安心できると思われたのでしょう。