群青

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2018-10-21 21:53:32

学徒出陣壮行会 1943年10月21日から75年

テーマ:波浪と風の中を行く

75年前の1943(昭和18)年10月21日、神宮外苑において、学徒出陣壮行会。
1941年12月8日真珠湾攻撃からたったの1年10カ月です。


● 学徒出陣壮行会のこと Wikipedia辞典より

戦局悪化により翌1943年(昭和18年)10月1日、当時の東條内閣は在学徴集延期臨時特例(昭和18年勅令第755号)を公布した。これは、理工系と教員養成系を除く文科系の高等教育諸学校の在学生の徴兵延期措置を撤廃するものである。この特例の公布・施行と同時に昭和十八年臨時徴兵検査規則(昭和18年陸軍省令第40号)が定められ、同年10月と11月に徴兵検査を実施し丙種合格者(開放性結核患者を除く)までを12月に入隊させることとした。

この第1回学徒兵入隊を前にした1943年(昭和18年)10月21日、東京の明治神宮外苑競技場では文部省学校報国団本部の主催による出陣学徒壮行会が開かれ、東條英機首相、岡部長景文相らの出席のもと関東地方の入隊学生を中心に7万人が集まった。出陣学徒壮行会は、各地でも開かれた。しかし翌年の第2回出陣以降、壮行会は行われなかった。


文化系大学生、専門学校生等の動員でした。各学校に在籍したまま休学扱い。東京だけで無く、台北、京城、新京・ハルピン、大阪、仙台、神戸、京都、上海、札幌でも壮行会をやったとのことです。
出陣学生数は、なぜか政府が秘匿。約3万人という説があるそうです。
出陣した学徒は高学歴のため、軍隊の中で下士官として配属されたり特攻隊隊長となったりで、前線の隊長等責任者として住民虐待・残虐行為の犯罪者として告発されることが多かった。
ちなみに、元首相の村山富市さんも学徒出陣のうちの一人。

 

 



 


 





 


 

 

 

●東條英機首相の演説の一部

「茲(ここ)に明治神宮外苑の声域におきまして、征途に上がらんとする学徒諸君の装容に接し、所懐を申し述ぶる機会を得ましたることは私の最も欣幸(きんこう)とする所であります。(中略)諸君は胸中深く決する所あり、腕をして国難に赴く烈々たる気迫、将に勇敢なるものがあることを、私はその諸君の輝く眸(ひとみ)に十分これをお察しし得るのであります・・・」

 

【この東條説を聞いた学生の感想】

「忠君愛国を叩き込む話で、またかという感じだった。毎度同じ事を聞かされてうんざりですね」

「国の考え方が正しいという前提に立っていますから、頼むよという首相の言葉に対し、死を持って報いようと思いましたね」

「『生還を期せず』をことさら高く読み上げたのは、個人としては違和感がありました。戦争だから死ぬことはあるが、だからといって、死ぬことにこだわるのはおかしいと思いましたね」

 

ペタしてね

2018-10-21 12:51:28

安倍改憲NO 小林節が斬る「ここがおかしい」

テーマ:波浪と風の中を行く


日刊ゲンダイ2018年10月20日です。


1. 自民党案は法論理的に筋が通っていない。つまり、新3項が加わった場合には現行1項、2項は「旧法」として自動的に否定される以上、9条の意味が「そのまま」であるはずがない・・・・と明らかにすること
2. 自民党が目指す、米軍の友軍として自衛隊が世界に展開することは政策として不当である。つまり、海外の戦争に介入して新しい敵をつくり、さらに、国の戦費破産が必置至である・・・と証明すること

 

野党はこの2つを、今、主権者国民に知らしめることに全力を尽くすべきである。
現9条を正しく運用することが代案であると。


そもそも世論調査でも分かっていますが、憲法改正そのものを国民はほぼ望んでいません。緊急度も薄く、安倍晋三さんご個人の悲願だということで、大騒ぎにしようということなのだと思いますけど。

それでも、国会審議の手続きに乗ってしまえば、ずるずると行ってしまうのが議会制民主主義。
自民党「野党も代案を」というのは、国民に対するカモフラージュにすぎません。
仮に乗れば、これまでの強行採決と同じく、時間切れ、強行採決というワナに陥るだけです。
上記の小林節さんのアドバイスを、自分達もまたよく知っておかねばならないと思います。


ペタしてね

 

2018-10-20 12:49:55

2018.10.19衆議院議員会館前 総がかり行動

テーマ:波浪と風の中を行く

2018年10月.19日、衆議院第二議員会館前 総がかり行動でした。
直前まで、小雨がぱらついていたんですが、始まるころには止みました。しかしその後また再び振り出しました。
スタート時刻18時30分には、既に歩道上は参集者によりすっかり埋まっていまして、入り込む隙間がありませんでした。
仕方がないので、国会図書館前まで移動。
YouTubeに記録動画がありました。約1時間26分です。
いつもの福島みずほさんの後は、珍しく菅直人さん。

・・・・ 日本は技術が高いからなんとかなるんだろうと思っていたんですが、3.11により、180度考え方を変えました。人類と原発は共存できません。
日本共産党からは、田村智子さん。
その後の48分44秒から、出来れば聴いてみて下さい。
東電刑事訴訟を闘っていらっしゃる弁護士さんと、福島からの橋本さん。
この中で、双葉病院で亡くなった44人の方がどういう死に方をしていったのか、裁判の中の証人尋問等で明らかになった・・・・という報告が弁護士の方からありました。

54分33秒のところです。
・・・・・今まで言われていたことは、避難経路が非常に遠回りになっいて、疲れ果てて亡くなっていったんだというふうに聞いていました。

避難が遅れていったのは、放射線防護服を調達するのに自衛隊が時間がかかっていた。そして避難させるために近づくんだけれども、放射線量が高過ぎて近づけない。3月15日の朝にはもう物凄い線量になって、避難活動が途中で打ち切られている、そういう場面もあるんですよ。避難活動、中止だ~って、お医者さんが叫んでバーッと引き上げて、そういうシーンもあったんですね。そういうことは刑事訴訟の報告書にも書いていない。まさに原発事故で降ってくる放射能によって、避難が阻まれて沢山の方が命を落としていったということが、はっきりこの裁判の中で明らかになってきております。

この裁判の双葉病院の出来事の生々しい報告は、10月19日のこの集会が初めてではないかと思います。
念のために書き起こしておきます。

参集者は、約2900人とのことでした。
 

 

 

 

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