テーマ構成
1.波浪と風の中を行く / 2.技術系の生きる道 / 3.海原のうねり / 4.フィリピナたち / 5.波乱と愛 / 6.まちの風景 / 7.心に刻む歌と文 / 8.船室にて
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『Historia De Un Amor 』 男性シンガー・エリック・フクサキさんとルイースさん
エリック・フクサキさんという男性歌手による『ある恋の物語』です。
このラテン曲は、ほとんどが女性歌手によるもので、どこかに男性歌手がどんなに歌うのか聴いてみたいと思っておりました。
どうやら日系人男性のようです。低い声ではなく高い声ですね。
調べてみましたら日系3世のペルー国籍のかた。お母さんは中国系ペルー人。熊本出身の曾祖父が移民でペルーに渡られたそうです。
まだまだお若く1991年生まれとのこと。
また、エリックさんは日本で演歌歌手になりたかったとのことてす。
昨夜、夢の中で、ある恋の歌の映画のシーンが出てきました。
何故だか分かりません。
何回かこの曲はアップしております。ラテンの恋の歌の中でも、自分は、名曲ではないかと思っておりました。
若者の灼熱の恋愛物語ではなく、愛する奥様を亡くされた追憶の曲です。
亡くなったとしても、なおく愛がやまないのが情熱の恋なのかもしれません。
それ故にもう一度聴いてみたいと思い、アップいたしました。
下はLuis Miguel。
どんな歌手なのか分かりませんが、いかにもラテン人。
力強い歌唱ですね。
2026年3月22日 日本軍が虐殺と集団レイプを行った 仁藤夢乃さん
●仁藤夢乃さん「赤い家」減築報告
フィリピンの「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)と呼ばれる建物を訪れました。
1944年11月23日、フィリピンのルソン島中部のパンパンガ州、カンパダ村のマパニケでは、夜明けから日本軍による襲撃がありました。抗日ゲリラを囲っている、住民のなかにゲリラがいるという嘘の口実での襲撃でした。
当時マパニケの人口は約1000人で、200~250世帯が暮らしていました。
村の男性たちは集められ、残虐な方法で殺され、自身の皮をはいで食べさせられたり、生きたまま火をつけられました。
村の住宅から日本軍が宝石や衣類やお金など高価なものや欲しいものをなんでも奪った後、すべての家を焼き尽くしました。
子どもや女性たちは、日本軍が奪ったものを運ぶように命令されて、数キロ離れた「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)まで連れてこられ、少女と女性たちは10歳ほどの子も含めてレイプされました。 被害者の女性は1996年に52年の沈黙を破って被害を名乗り出ましたが、日本政府は謝罪や補償をしていません。 今も、村には当時被害にあった女性が90歳近い年齢でご存命です。 この家を管理している男性は、「私たちの村で日本軍がしたことを日本人に知ってもらいたい」と話していました。
この建物は、日本軍による集団レイプや虐殺があった日から82年以上そのままになっており、フィリピン政府は保存を希望していますが、土地が売られてしまっているため保存が難しく、朽ちて危険があるため来年には取り壊しになるかもしれないとのことです。 「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)で起こしたことを反省しないままでは、日本社会で性暴力や性搾取をなくすことはできません。
もしもこの建物がなくなっても、私たちが記憶し、加害を反省し、語り継いでいかなければなりません。
●どうぞご覧ください。
当ブログでも、以前、『赤い家』のおぞましい虐殺と女性の監禁・性奴隷化を取り上げたことがありました。
