さきょだよ。
久しぶりに長々したためたいお気持ちになりました。
1月、都雅都雅書き初めライブから帰ったら母が大腿骨をポッキリいっており、
翌日事務作業のためにあけていたのでそのまま実家にとんぼ返り、
母の骨はポッキリですが父は車を行けず石にぶつけており、わたしは母の作った残りの味噌汁をのみつつ
「お母さん死んじゃったらどうしよう」
とトトロのさつきちゃんみたいな台詞をきなこ(犬)に吐きながら号泣し。
という最悪の三が日明けであった。
翌日仕事中にかかってきた病院からの電話は
「お母様ですが結核かも知れません」
…は?
「沖田総司のやつですか?」と素で聞きかえした。
結論を先に言えば誤診であったが、
いつ、どこで?わたしがうつした?大阪多いって言うよな結核…
と錯乱状態。
アンバランズ相方キムラ亮がゲホゲホしていたのでまさかキムラが罹患してわたしが母に…?
などヒヤヒヤしていたがとりあえずキムラが3日ほどで回復したところで1月の8日になっていた。
「誤診でした〜」の連絡が来るまで脳が変な覚醒を起こし
目を瞑れば明るい、目を開ければ物理暗い、という寝るに寝れない日々であった。
という年明けから
体力も底をつき2月の冷えた日に熱を出し、
確定申告がおせおせになり仕事もおせおせになり
ああもう色々オワタという状況の合間に須藤タカツグ氏のワンマンサポートがあり、
なお須藤さんもなかなか連絡が取れずリハ日程も決まらず、
あぁ、そのリハの日に発熱が確定していたのでした。
ふらふらぼーぼーでしたがなんとか須藤さんのワンマンをファイティン、
その翌日にMVの撮影があり、この日もなかなかにハードであった。
早起きし顔を仕込み衣装を着込み楽器をかついで撮影に向かい…
編集は丸投げなので発表まではワクテカ案件であったが、
そのまま松延慎吾氏のワンマンサポートに以降、
やっと日常…と思ったら4月でした。
確定申告は間に合いましたが日々の生活がほぼ間に合っていませんでした。
ご心配ご迷惑をおかけした各所方面にお礼とお詫びの気持ちです、ありがとうすみませんありがとう。
年を取ると時の流れが速くなると言いますが
この3ヶ月は長いと感じる日が多くて
振り返ればあっという間なのにリアルタイムでは「この冬は一生続くのではないか」と思った。
だからコートを脱ぐのが大層こわかった。
が、ムートンブーツが暑いなと思った日に、あ、春が来るのかとおもった。
もう桜の蕾から花びらがはみ出していた頃である。
いっそ寒いままならいいのに。と思った。
人と演奏する機会を頂けたのは精神的な救いではあった。
が、それはもう歌詞やメロディーの断片のDの字も出ていない言い訳であり
練習をサボる言い訳であり
仕事を減らす言い訳であり…
まぁ、言い訳する間もなく精神的に諸々無理みがスギルンティという状態でしたが。
眠れるというアタリマエのこと(さきょは眠剤を飲んだことがない。ビタミン剤はある)ができるということに深く感謝をした。
メンタルは基本的に健康体(付き合う男に左右はされたが現在は大変安定している。なお過去付き合った男性はモラハラと自認メンヘラメーカーであった)なのでここまでしんどくなることはなかったが、
体力もさることながら精神力は老化への一途をたどるアラフォー女子である。

わたしは竹中稲荷の狐さん(設定)であるというのに人並みの精神力しかない、反省である。
しっかりとバケモンになるのでこの日は関西各所と江戸から妖力高めの妖怪を集わせたのでしっかり妖力をチャージしたいとおもいます。
皆様にもみょんずの毛玉パワーで獣毛アレルギーを荒療治したい。
宣伝はさておき(メインではあるが)
母が歩行器で歩けるようになった日は目線が揃ったことに感動し、
ヒョコヒョコ歩くリハビリ病院での動画に全米が泣いたクラスの感銘を受け、
父が母のために家の大掃除をしてくれている事実や、
また、眠れぬ夜には父と長電話をしてくれたことがとても思い出深い日々にはなった。
(そんな母は1日に、父は今日5日誕生日である。おめでとう)
家族の絆という美しい言葉に仕立て上げるつもりは皆目ないが
なんとなく気持ちが一つに向かう瞬間というのはとても感じた日々であった、が、
やはり精神的に大変削られたのは事実であった。
みんなが元気なのが一番いい。一番幸せだ。
お金の話も具体的に見えてきたりする。
来年からわたしも介護保険料という(名の税金)が増えるが、
誰かの安心がわたしの安心に繋がるのであれば気持ちよく払えるような腹づもりにはせねばならない。
困ったなぁとは思うけれど。
人生は、長い。
生まれてから強制インストールのRPG生き残りソシャゲはログアウトも許されない。
自分がSSRだとも思えないけど
出会う人鉢合わせたイベントは逐一わたしの中ではSSRである。
もう少し楽しむ方向で考えられるように
ポジティブシンギンとはいかない世の中だけど、
ちょっとくらい遊ぶ方に気持ちを全振りしてみたいと思った。
死にたいとか言えないくらい
この3ヶ月は結構充実してたんじゃないかなと、思う。
目一杯で溺れそうだったけど、
一回も死にたいと思わなかったのは本当に家族と相方と周りの仲間のおかげだった。
楽しくは正直なかった日も多かったけど
須藤さんと松延さんのワンマン、左京計画や、魔梨威さんの企画も普段のライブも、
ゆんチャンといった焼肉も、
ちゃんと素で沢山笑えた日々であった。
母の味噌汁で号泣した日はたかまるさんの「絶望してても腹は減る」を歌いながらたべた。
だから家族のことも向き合えた。
確定申告も、エマジェンや遠征思い出したりしてにこにこしてできた。
音楽やってなかったらどうなってたかな。
本当、音楽は世界を救わないかも知れないけど、
少なからずこうして、わたしは救われた。
いつかどこかの誰かが左京やみょんずの曲で救われる日があればいいなと。
その日のためにもう少し頑張ってみてもいいかなと。
結構綺麗事やなくて素直に思ってる、そんな春の始まりです。
長文読んでくれてありがとう。


















