自分が心地よいところで、やめていればいいのに
ついついやり過ぎてしまうのが人間。
そもそも、やり過ぎや限界はないのだけれど、人間だから執着が生まれる。
自分のいい塩梅をこえ執着が生まれると、
『のに』がうまれる。
“これだけしてあげたのに全然かえしてくれない”
“こんな状況なのに何故わかってくれていないの”
普段なら何もないことでも、
『のに』が生まれるとサイズが小さく見えたり、ゆがんでみえたり、極端にさみしく感じたりする。
それは、自分が自分のいい塩梅をわかってないから。
そのときは執着しているつもりはなくてもあんに『こうして欲しいな』なんて期待していたりする。
その勝手な期待と結果がずれていると
しょっぱかったり辛いように感じる
それでも、やっぱり度量を超えてやり過ぎてしまう。
枠を大きくするか、枠を知っていい塩梅にするのがいいのか。
どちらも正しいし間違ってるなんてなくて、どちらも包みこむのがいい。
それでいい。
今、感じたことをすればいい。
初動で動きましょう。
でこっちかなと後で思ったら修正すればいい。
でもちょっとは、いい塩梅を心得ましょう。
背伸びせず、一歩一歩進んでいこう。
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