【パスポート事件2019】
並ぶ空港カウンターの手が挙がった。
呼ばれた先を見るとかわいこちゃん!
「おっラッキー」と鉄のキャリーを押して、カウンターにつけパスポートを差し出した。
髪の毛を後ろにシャープに束ねたエスニック風の切れ長の目を持ったその子は、少しだけ頭をかしげたような素振りを見せたと思うと自分にこう尋ねた。
「このパスポートでどこからか出国されました?」
言われている意味がよくわからなかったが、とりあえず「はい」と答えた。
実際に数ヶ月前にアメリカをこのパスポートでツアーをしている。
「パスポートが破けています。」
まあそりゃあ紙だから破けることもあるだろう。
オレのパスポートは、去年辺りから1cmくらい破けている。
「ちょっと待って下さい、今確認しますので」
お姉さんは、自分のパスポートを持って、連なるカウンター裏を流れるベルトコンベアー横を、ヒールの靴で又ぎ又ぎ、少しだけ飛び跳ねるような調子で、一番端の責任者らしき男性がいるカウンターに向かった。
あの程度で大げさなと、のんきにその背中を見ていたその時は夢にも思わなかった。
まさか、それが原因で出国できなくなるなんて!
おい!まじかよ、ふざけんなあ!
ギターウルフLOVE&JETTツアーEU編
2019、11月5日午後4時頃
成田空港第1ターミナル北ウイング。
パリへ向かう予定のギターウルフ三人の前で、
責任者らしき男性が申し訳無さそうに自分に話す。
「シャルル・ド・ゴール空港からNOと言ってきました。
あちらの機械では読み取れない可能性があると」
それがどうした!
機械が読めなくとも人は読めるじゃないか!?
1cm破けているとはいえ、その部分がなくなっているわけじゃない。
そこに書かれている数字ははっきり読める。
お札だって半分なくなっても使えるはずだ、機械が認識できなくても人が認識できれば問題ないじゃないか。
しかしシャルル・ド・ゴールがそう言うならどんなにあがいても無理だろう。
今思えば、責任者にパスポートを持っていくあの時の
お姉ちゃんを止めるべきだった、
いや、せめてパスポートの破れを裏からセロテープで綺麗に止めておくべきだった。
まあいい、今はその先を考えなければ。
オレは比較的、困難にぶち当たっても、その次に跳ぶバネが強い。
カウンターはあと10分で閉まるという。
まず二人にはパリに向かって出国してもらい、翌朝一番で自分は都庁のパスポートセンターの扉の前に並んだ。
緊急発行をしてもらえば、ギリギリで初日のパリのショーには間に合う。
9時に開いたドアになだれ込んだ受付で説明すると、センターの奥のカウンターに通され、そこに現れた眼鏡の女の人に、いきなりこう言い放たれた。
「再発行は一週間かかります」
だからそこをなんとかとイギリス・フランスで取得しているワーキングビザやライブスケジュールを見せる。
「とにかく今日は発行できません」
なら明日は?
イタリア・ローマでパスポートを盗まれた時、ローマの日本大使館が翌日には発行してくれた。その事を言うと。
「一人の人に優先的にパスポートを発行するとなると都民の方が許すかどうか」
都民が許すかどうかって!?
とにかく破けていても人間は確認できるじゃないか?
「あなたがわざと破いてパスポート偽造の事までが疑われる可能性があります。」
突然目の前に現れた強大な権力者。
彼女の言葉にいちいち反応するのはやめた。
とにかくお願いだから、外務省の規約に書かれている緊急発行に該当させてもらえないか?
「それでも発行は3日かかります」
その言葉にすかさずオレは手を打った、お願いしますと。
すると女の人は言う。
「ただしそれに該当させるためには、一体あなたが何者で、何をしている人か?
EU側があなたを招待していると証明するもの
これらのビザもすべて日本語に訳してください。
3日後の発行だとこの日のショウに間に合うわけですが、この日のショウに間に合わなければならない理由は?
それらの書類を今から家に戻り、午前中までにFAXで送りなさい。
午前中までに送ってもらわなければ、審議はまた明日ということになります。」
な、なんと!
今から家に帰るとなると10時半、それから1時間半でこの膨大な書類を揃えろと言うのか?
しかしとにかく従うしかない。
オレは急遽バイクを飛ばして家に戻った。
ギターウルフウィキペディアをコピー
自分の事務所の定款をコピー
ビザを翻訳にかけ、まるまるコピー
イギリスのプロモーターに急ぎ連絡して、招待状らしきものを送ってもらう。
間に合うショウの場所であるブライトンのロックンロールの歴史を調べ、この場所でのロックショーが如何に大切であるか などなど、
とにかく考えるよりも‘おりゃあ~’と力技でそれらしきものをかき集め、それらをすべて10数枚のコピーにしてFAXで送ることギリギリ12時丁度。
するとすかさず電話がきて、再度、数枚の書類を送るように言われ、それもなんとか送り終えた数分後、また電話がきた。
「これならばなんとか、3日後にパスポートを発行しましょう。では、今からこちらに来てください。」と言われ、飯を急ぎかきこんでパスポートセンターに向かった。
センターの入り口に入り、案内の人の横を素通りして、奥のカウンターに向かうと、カウンター越しに「すみません!」と声を上げた。
デスクの壁の上にひょこっと眼鏡が出たと思ったら、その顔がすぐ目の前に来た。
朝より物腰は随分か柔らかくなっていた眼鏡の女の人は、
緊急発行の書類と自分の破れたパスポートを差し出すと、
「このパスポート、ここに置いてある機械でも読み取れませんでしたよ」とフッと笑って返してくれた。
やり終えた満足感はあったが、腑に落ちない。
オレはたまたまバイクで移動して、都庁から1時間以内に戻ることができ、家にFAXもプリンターもあったが、ない人は絶対にクリアーできないだろう。
都庁のバイク置き場は、入り口で機械から出るチケットを取るとバーが開き中に入れる。空いた場所に止め、出る時は、チケットとお金を機械に入れればバーが開く。
ケツのポケットに入れたチケットを出すとすこし曲がっていたが、構わず機械に入れた。すると機械が読み取ってくれない。バーが開かない。
しかし問題ないだろう、駐輪場のおっさんがいたので、声をかけた。
ところがだ、おっさんが言うには、機械が読まなければどうしようもできないと言う。
ここに書いてある電話番号に電話してくれと、おっさんは機械横を指した。
おいおいおっさん、あんた開けることができないのか?
オレは今電話を持っていない、どうにかしてくれと言うと、ちょっと待ってとどこかに行ってしまった。お昼に感じるはずだった`やれやれ`が、やっとでた。
都庁のバイク置き場は出入りがよくあり、オレの後に待っていたバイクが出るタイミングでその後について外に出た。
そこにおっさんが戻ってきたので、時間分のお金100円を渡してバイクを走らせた。
甲州街道を右に曲がると山手通りをパスする地下道になる。
そこでオレはブオ~ンと一発アクセルを上げ、この日初めて叫んだ。
「なんて日だ--------!」
人間なんて泡だ、機械に阻まれたら何もできなくなる!
ギターウルフLOVE&JETTツアーヨーロッパ編2019
2つのショウのキャンセルは余儀なくされたが、今は無事にヨーロッパツアー中だ。
先日イタリアのサボナという地中海に面した観光都市でライブがあった。
クラブに向う為、車でホテルを出た時には、辺りはもうすっかり暗かった。
走り出して少ししたら、突然後ろに座る和田くんが声を上げた。
彼は今回サポートドラマーとしてヨーロッパツアーに同行してくれている。
「うわあ、綺麗やなあ!」
見ると車は地中海沿いを走っていて、夜の地中海の埠頭の真っ白い光が綺麗な十字型になってキラキラ光を放っている。
本当に綺麗だ。
40何億年前に地球に現れたただのアメーバーが、よくここまで成熟したもんだ。
海の泡の中で、繁殖を繰り返し、今は人類となり道路を作り、埠頭を作り今この光景を地球に生み出している。
この光景がいつまでも続けばいいが、この地球はこれからどうなっていくのだろう。
クラブに到着して、その夜もロックンロールでぶっとばした。