【古代出雲王朝の復活!!】
「出雲大社の参道の旅館の娘さんがメジャーデビューした」という話を聞いたのは、中学の時によく耳を傾けていた地元のラジオ放送だった。
へえ、隣町から芸能人が出たのかとうれしいようなちょっぴり不思議な感情。
「こんな田舎から芸能人なんてほんまかいな?」
まあ出ても一時だろうなと思った。
県外の誰かを出雲大社に案内する時は決まって入口の鳥居の前に立ち、ある方向を指さす。
「あの参道の右側の竹野屋という旅館が竹内まりやの実家だよ」と説明して冒頭の中学の頃の自分のラジオのエピソードをよく話す。
「山下達郎も来たのかな?」「そりゃそうだろう」とそんな会話がありながら出雲大社への道を歩いていく。
「まるで古代!」
大人になった自分が久しぶりに参った時そんな感想を持った。参道は高く茂る松の木の間を歩いていく。
やがて遠くにそびえる薄く靄がかかった山が見えたと思うと、その山をバックにしてお社のバッテンだけが緑の上にちょこんと見えた。それは一般の神社の感覚より、だいぶ高い所に見えていて巨大な何かを感じさせ、ゾワゾワと心が騒ぎ出し、なんだか古事記の世界へいざなわれるようなタイムスリップ的感覚に陥った。
先日松江に帰ったある夜の事だ。
昼間の猛暑から打って変わって涼しげな月が出ていたので深夜に散歩した。
実家から下駄の音をカランと小さく鳴らして歩くと、シーンと虫の音に導かれるように坂道を下り、小さなトンネルを抜け、この辺りを流れる用水路まで歩いた。
用水路には、水路に沿ってガマの穂が生えている。因幡の白ウサギが皮をむしり取られて痛がって泣いているときに、通りかかったオオクニヌシノミコトが真水で洗ってガマの穂で寝るといいと言ったそのガマの穂だ。
昼間は魚が飛び跳ねたり、亀が親子で口を出していたり、蛇が飛び込んだりと、生命の源を感じさせるその水路だが、夜は虫の音と共にたまにポチャンと静かだ。
群生するガマの穂を通してのぞき込むと水路に月が静かに揺れていた。
するといきなり、その月の横に人の顔が出た。
「誰!?」横を振り向く。
そこには何とオオクニヌシノミコトがいた。
伝説の通り白い大きな袋を持ち、あの古代装束、そしてやけにいい男、あの国宝級イケメンと呼ばれるあの兄ちゃんにそっくりだ。
「あんた、オオクニヌシノミコト?」
「いかにもそうだ!」
ニカっと笑い白い歯が月にキラリ、不覚にもクラッときた。
「君は今、シマネジェットフェスという祭事で、日本中、世界中の人を集めようとしていると聞くが本当かい?」
「ああ、そうだ!」
「では君に頼みがある。」
「えっ!」
満面の笑みをたたえ、アイドルにも似たその顔が力強く言い放つ。
「古代出雲王朝を復活させてくれないか?」
「古代出雲王朝!?」
「そうだ、かつてこの国に君臨したスーパー王朝、古代出雲王朝だ。復活させて独立するんだ。」
「いや、自分は、自分の王朝を持つとか、そこまで考えてはいない。」
「はは、君が僕の義父のスサノオにばかり肩入れしている事は知っている。だから、君は肝っ玉が小さい。彼は豪傑だったが結局はこの国を統一できなかった。」
「肝っ玉が小さいかどうかは知らないが、統一、復活云々にオレは興味ない!」
不覚にも声が荒がってしまった。
そこを狙っていたのか、自分のしゃべりが終わるかどうかで彼はこう出た。
「じゃあ勝負しよう!」
「あほらしい!」ときびすを返し戻ろうとすると、彼はすかさず自分の正面に回りこみ通せんぼをするので、構わず右を抜けようとすると、彼も右、左に抜けようとすると彼も左、だんだんラグビーの様になってきて、「そう言えば、もうすぐラグビーのワールドカップだな」なんて全然関係ないことを頭によぎらせながら、「いい加減にしてくれ!」
と彼を押しのけて通ろうとした瞬間、オオクニヌシは、フワッと体をかわし、オレは水路にボチャ~ン!と落ちた。
すると頭の上に、夜の空気に澄んだでっかい笑い声が鳴り響いた。瞬間ムカー!でオレは水路から飛び上がるかのよにオオクニヌシに飛びかかった。
すると彼はいつの間にか持っていた長い棒をオレの腹に突き立てる。そしてオレの腹をぐちゃぐちゃかき回して再びオレを水路に落とした。
さすがに痛く「うぎゃあ!」と悲鳴を立てるオレ。オオクニヌシが持つ長い棒からは大量のしぶきが飛び、それが空中で小さな島となる。
「どうだい、君のお腹をかきまわして作ったしぶきの島だ」
オオクニヌシはその棒をこちらに掲げながら「これはイザナギイザナミが、世界を作る時、地上をドロドロにしてかき回し、はねたしぶきで島を作ったあの棒だよ!」
「なんと!?」何を言っているのかと思ったが、とりあえず空中に浮かぶオレの腹の島に念波を送ってみた。
案の定、思った通りその島は空中を飛びオレの側までやってきたのでオレはその島に飛び乗った。ビュ~ン空高く一気に登ると遠く中海まで見えた。
「ちくしょう、オオクニヌシはどこだ?」と
「はは、畜生なんて言葉を使っちゃいけないね」
「何!」見上げると、ちょっと高いところでオオクニヌシもあの白い大袋を背中にしょいながら小さな島に乗っていて、相変わらずオレに微笑みをたたえながら睥睨してやがる。
「古代出雲王朝の復活の話に乗ってくれるかい?」
「そんなのオレは興味がない!」とすかさず下駄を手にしてオオクニヌシに剛速球で投げつけた。「カ~ン」意外にも鬼太郎の下駄ばりに彼の額に直撃したので、逆にびっくりして彼を見守ると、オオクニヌシはそのまま真っ逆さまに落ちていった。
助けた方が良いかもと、今度は急降下で彼を追うが孫悟空の如く助ける事もできずそのままオオクニヌシは宍道湖に落ちていった。
「バッシャ~ン」大きな水しぶきをあげ、月光色の雲まで飛んだ。
白いしぶきでもやができ、それが晴れてきた時、なんとそこには、巨大化したオオクニヌシが宍道湖のど真ん中で、ゴジラ、いや、大魔神の様に立っていた。
オレがあっけにとられたその瞬間、オオクニヌシはすばやく手を振り回し空中に浮かぶオレを宍道湖に叩きつけた。「バッシャ~ン」大きな水しぶきのなか急いで立ち上がるとなんとオレも宍道湖の上で巨大化していた。
宍道湖に浮かぶ嫁ヶ島をはさみ対峙する巨大生物のオレとオオクニヌシ。
彼の額はパックリ割れ、大粒の血がしたたり落ちていた。
そんなに落ちるとシジミが大丈夫かいなと思いながら、彼の目からは先ほどまでの余裕の表情は消え、何としてもオレに一発浴びせないと気が済まないような表情になっていた。
遠く出雲の方から宍道湖の波がキラッと月明かりに揺れた瞬間、二つの巨大生物は湖を走り、ジャンプ一閃でお互いにキックを浴びせようとするが、空振りですれ違い、振り向き様にチョップを浴びせようとすると、オオクニヌシは白い大袋をこちらに向けるやいなや、その中から何かを発射する。「うわ~!」と発射された物がオレの身体にまとわりついたと思ったら、そいつはオレを囓りだした。何だと見ると何匹もの因幡の白ウサギであった。やはり白ウサギはオオクニヌシの味方かと思いながら、なんとかせにゃと頭を巡らせていると、オオクニヌシは剣を抜きオレに斬りかかる。
「これは君の好きなスサノオ義父からいただいたヤマタノオロチの大刀だ!くらえ!」
これはやばいとオレは背後にひっくり返り、頭の上の宍道湖大橋をもぎ取って頭上で受けた。
「バキ~ン」火花が水郷祭の花火の様にあがる。すかさず立ち上がるオレに向かって再び彼が大上段から振り下ろしてきたので、オレは宍道湖大橋を水平に持ち替え、チョウっとオオクニヌシの腹を打った。
「それまで!」天のどこからか聞こえてきた。
気がつくと、オオクニヌシの大刀も自分の脳天をとらえていて、頭の一部から血が滴っていた。ああ~、オレの血まで滴ってシジミ大丈夫かなと思いながら、二人は剣を納めるというか、オレは宍道湖大橋を元の場所にくっつけた。
やれやれとびしょ濡れになった身体を見ると、いつの間にかウサギは消え、オオクニヌシもいなかった。ハッと宍道湖の空高くに光が遠ざかっていくので、もしやあれかと思って見ていると。
「セイジ!古代出雲王朝の復活をヨロシクな!」という声が聞こえてきた。
自分の身体もいつの間にか元にもどっていて、再び用水路に戻り、傷口に因幡の白ウサギのまねをしてガマの穂をあてながら家に戻って寝た。
朝起きると傷口はすっかり治っていた。用水路に行ってみるとまたもの凄い猛暑で昨夜の静けさは全くなかった。
「オオクニヌシノミコトはああ見えて結構いい奴だったなあ」
と思う反面、
「古代出雲王朝の復活か、うん、頑張ろう!」と思った。
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