【なんとかVサイン】






腱、英語で言うとTendon

それがむき出しになったオレの手を見て、オーストラリア人が

真剣に忠告してくれた。

「絶対に今すぐ病院に行かなきゃだめだ!」

オレも少々やばい事になっているとは思ったが、まさかそこまでとは!?

これからお酒も飲まなきゃいけないし。




メルボルンクラブ、Totoでのライブ中、

ステージに上げた外人との接触でオレは手の甲から倒れ込んだ。

するとガラスの破片でもあったらしい。

立ち上がってギターを弾くと、左中指が全く動かない。

最初何かの間違い位に思っていたが、楽屋に戻るとやはり動かない。

たまたま客で来ていた若い医者がオレの手を見てくれた。

そして彼の忠告通りに、まだ熱気で冷めやらないクラブを後にして、

近くの総合病院に入院した。

左中指の腱が、手の甲の真ん中でざっくり切れていた。

翌日、たまたまライブはなかった。

一日中、青い目の看護婦さんに世話してもらいながら、

いつ手術してくれるのだと、気をもんでいると

その日の深夜に突然呼ばれ、バリバリのおばあちゃん先生の手術を

受け、翌日お昼に退院した。

腱をつないだ瞬間に指が動いたのにはびっくりした。

だが、左手はギブスを包帯でぐるぐる固定したまま。

ギターは持てない。

しかも今夜ライブがある。

メルボルンにはマッハペリカンがいる。

日本人3人組のイカしたラモーンズ系パンクバンドだ。

旧知の中で、そのギターのケイスケにライブのギターを頼んだ。

夕方練習したその夜、4人組のギターウルフが客の前に登場した。

左手が通らないのでオレだけ革ジャンなし。

事情を知っている客がすでに興奮状態で、ステージを囲む。

オレはモニターに昇り、包帯グルグル巻きの左手を客に向かって

高く突き出した。

「イエー!怪我したゼ、ロッキンロール!」

英語でなんとかかんとか適当にのたまうと、ジャンプ一閃、

ロックンロールショーの始まりだ。

ショーは最高に盛り上がったが、最初のジャンプの反動で

腱が再び切れた事にオレは気がついていた。

伸びたゴムがプチッと切れて、シュンっと縮まる感覚だった。

この瞬間、オレが思った事。

あちゃあ!せっかくの手術が台無しだあ~!
でも、ひょっとしたらツアーは続けられるかもしれない。

ツアーはまだまだニュージーランドまで続く。

この手のままじゃあキャンセルするしかないかなと思っていた。

だがそうすると大赤字、う~む。

楽しみに待ってくれているファンもいるはずだ。

ホテルに戻り、包帯をゆっくり解きギターを持ってみた。

左手の痛みはない、ただ中指が動かない。

Vサインをすると、スクっと立つ人差し指の横で、中指は全く立たず

正面を指している状態だ。

しかし、ギターコードはかろうじて押さえる事ができる。

中指がギターにベタッとくっついて、音は時折変だが、

何とかなるだろう。

オレはツアー続行を決めた。




ツアーが終わり帰国後すぐ病院に行った。

すると医者に言われた。

「あんた、中指少し動きだしているよ」

確かに、ツアー後半は、ギターにベタッとついていた中指を

少し持ち上げて離す事が出来るようになっていた。

人間の身体は腱が切れても、その周りの筋肉やらが代わりになり

助けてくれるらしい。

手術をしてもいいが、3ヶ月は絶対安静だと言われ、オレは手術を

放棄した。

それからもライブをやり続けている。

あれから2年程が経つ。

この間ふと気がついた。

左手は右手と同じようにVサインができるようになっていた。

う~ん、腱が切れても何とかなるらしい。

人間の身体はおもしろい。