【エルパソストレンジャー】




エルパソは白っぽい真っ青な空だった。

その青さに溶けそうなかすかな白い雲が目にまぶしい。


コインランドリーで洗濯物をマシンに突っ込んでスイッチを入れると
外に出してあった椅子に腰掛け、しばらくボーっとした。

白い土が外壁に綺麗に塗り固めてある家が段々に続き、その向こうに

エルパソの町が見える。

昨日の昼に、グレイハウンドのバスでこの町にやってきた。

一ヶ月半乗り放題のグレイハウンド、アメリカ国内ならどこへ行ってもよく、

どこで降りてもいい。

20代前半の頃、それに乗ってアメリカを旅した。

アメリカは広い、その中でも、このエルパソは不思議な匂いのする町だ。

テキサス州の一番端にあり、メキシコとの国境の町。

パスポートがあれば、橋を渡るだけで、メキシコに渡れる。

安ホテルにチェックインしてさっそく歩いた町にワクワクした。

まるでおもちゃ箱をひっくり返したような、と言うか救世軍のような町。

救世軍とは中野にある古い家具や本や服、電化製品の中古を建物の中に

ぎゅうぎゅうに詰め込んで、週末だけそこを開放して安く提供する団体だ。

町を歩くと、路上、広場の至る所にござが敷かれいろんなガラクタが

その上に並ぶ。

黒の衣装をまとった女の人や、ひげを生やし、目をギョロっとさせた

浅黒い男がござの向こうに座っている。

何か、面白いものに出会う予感が絶えずして、飽きることがなかった。





旅の途中、コインランドリーで過ごす束の間の時間ほど、

退屈ではあるけど、のんびりとした平和を感じる時はないかもしれない。

ぽかぽかの陽気の中、単行本を開き顔を落とした、すると声をかけられた。

「日本人ですか?」

大きな洗濯物を抱えた日本人らしき男の人が、自分の横を通り過ぎるところだった。

その人は30過ぎくらいだろうか、メキシコに住んでいて、洗濯しに車で

わざわざ国境を越えて来ていると言う事だった。

気がつかなかったが、その日は日曜日だった。

その人は、数年前、今の自分と同じように一人で旅をしていた。

するとこのエルパソの町でメキシコの女の人に出会い

恋に落ち、そのままメキシコに住みついたとその人は話してくれた。

「よかったら、お昼を一緒に食べませんか?」

ランドリー後、メキシコの家でお昼をご馳走になることになった。

国境を車で渡り、通されたメキシコの家。

その時の記憶は点在するだけで、しっかりつながっていない。

でも、一つ一つの場面ははっきり憶えている。

テーブルに着こうとすると、現れた目鼻がはっきりした綺麗なメキシコ人の

女の人、甘いココナッツミルクに浸されたお米のデザート、

帰り際にもらった、その人の私書箱の住所。

「日本に帰ったら手紙でもください」

もと来た道を送ってもらい、その人と別れ車を見送った。

あの人も、かつては今のオレと同じストレンジャーだった。

しかし放浪の旅の末、この場所で止まる事を決意した。

どこかに足を止め落ち着くなんて考えることができなかった20代前半の

自分は、その人の人生を、なんと感じればいいのか戸惑った記憶がある。

人がどういう思いを持って生きているなんて、ガキの頃は考えようとしない、

自分の事だけだ。

きっと燃えるような激しいロマンスがあったのだろうが、

そんなこと想像もしなかった。

でも、そんな人間の為に止まり木になってくれたその人の

新しい心の決め方に、やさしい力強さを感じた。

次の日、オレは再びグレイハウンドのバスに乗り、グランドキャニオンを

目指した。





日本に帰って手紙を書く気満々だったが、どうしてか書かなかった。

その私書箱の住所は長らく大事にしていたが、今はどこにあるか

わからない。

エルパソの町を通る度にこのことを思い出す。

若さが持っているちょっとした冷たさを少し悔いながら、この話をここに書く。