【鬼と魔女】





オレは、東京オリンピックの前の年に生まれている。

もちろん記憶はないので、オリンピックは生まれる前の、

遙か昔の出来事とあまり変わらない意識があった。

それでも今、うっすら記憶が現れ出す3,4歳頃からの事を思い返すと、

そこら中、オリンピックが残した興奮の余韻があった気がする。

そのひとつで、幼い頃、母親に受けた特訓を思い出す。

他の友達はみんな帰ってしまった日が落ちた公園で、オレは鉄棒を

前にして、逆上がりの練習をさせられている。

握る鉄棒の錆の匂いが唾液を酸っぱくして、何度も蹴りあげるが

お尻が重い。

もういいかげんやめたかった。

しかし母親の叱咤の声がオレを許さない。

そして時折、母親が言う「鬼に金棒、小野に鉄棒!」

小野という人は、東京オリンピックの鉄棒で圧倒的強さを見せた

体操の選手だ。

どんな人かさっぱりわからんかったが、きっと鬼なんだろうと思っていた。

でも、目の前にいた鬼の方がよっぽど怖かった。

そして「東洋の魔女!」

バレーの話しになると、母親の口から必ずでた。

魔女と言えば、幼い自分にとってグリム童話に出てくるような魔女だ。

鼻の曲がった黒い衣装に杖をついた恐怖のばあさん。

白い体操着のバレーのおばさんが、「なぜ魔女?」

幼い自分は不思議な気持ちで聞いていたが、当時さんざん聞かされた

影響は深いようだ。

テレビ番組などで、東洋の魔女と言われたかつての

日本女子バレーチームのメンバーがゲストなどで登場すると、何か特別な、

不思議な目で彼女達を見てしまう。

でもそれも当然かもしれない。

当時、子供の間でも彼女達が受けた地獄の特訓は有名だった。

現代のバレーチームでも、当時の彼女達にはかなわないという説もある。

何かを成し遂げた人間には、魔女でなくとも、何か強烈な意識が

備わっているに違いない。



その東京オリンピックがやってくる。

どうするよ!

再び、鬼や魔女が、東京に現れるのか!

なんてこった、楽しみだゼ!