【ザリガニ惑星】


宍道湖の脇の末次公園の隣には、かつて小さな沼があった。
そこにアメリカザリガニ捕りに行ったのは、小学校の5か6年の時だった。
暑く、天気のいい日だった。
「取り放題だがや!」友達に誘われた。
どう取り放題かわからなかったが、行ってみるとその通りだった。






沼と言うと河童でも出そうだが、まわりには市役所やホテルが建っていて

そんな雰囲気は全くない。

縁には長い草が垂れていたが、一辺はブロック堀になっていた。

草側に座ると滑り台のようになってポチャンっといきそうなので、

ブロック塀に腰掛けた。

公園が背中になり、遠く向こうには白いホテルがあり、

左側には湖がキラキラしている。




「こいつ等何でもつかむゾ」

沼をのぞく友達が、棒か何かで、ザリガニ一匹を沼の外に跳ね上げた。

そして友達は、転がったザリガニの背中を持つと、

旋回するハサミに気をつけながら、ザリガニの身体を半分にちぎった。

後は尻尾か頭のどっちかをたこ糸に結んで、沼に垂らすだけだ。

面白いように取れた。

その頃全国的に、空前の釣りブームが起こっていた。

オレも釣り道具を持っていて、よく宍道湖に垂らしていたが、そう簡単には

魚はかっかってくれない。

しかし、このザリガニ捕りは駆け引きも何もあったもんじゃない。

垂らせば捕れた。

ただ、自分の生き死に関係無く、仲間の身体に貪欲に

食いついていく姿は、小学生のオレの心に何かを残した。

まあ、今思えばだが。

その時は、ただ「泥臭え!」

バケツにじゃりじゃりするザリガニに思った。

その後どうしたのか記憶の方は曖昧だが、

飼った記憶が無いので、結局、その沼に捨てたのだろう。




その夜の事だ。

2階の布団で寝ていると何かが頬を触るので、目を覚ました。

ヒヤっとした感触だったのを憶えている。

隣には妹が寝息を立てて寝ていた。

闇夜をすかして目をしかめると、巨大なハサミを持った

赤いアメリカザリガニがそこに立っていた。

オッと思ったが、そこでひるむと相手の思うツボだと思い、

「お前、何やっちょうや!」とすかさず低く叫んだ。

するとザリガニ「お前、何でオレ達を捨てたんや!」

「てめえ、臭えよ!」とオレが相手に投げつけるや否や、

「なんだと~!」ザリガニいきなりオレの首にハサミをかけたと思いきや、

オレの首をチョキンと切りやがった。

ポトっと布団の上に落ちたオレの頭は、ゴロンと転がる。

しかし次の瞬間「ふざけんな!」とオレの頭は浮かび上がり、

ザリガニの周りを回りはじめ、ザリガニの注意を別方向に

引きつけている間に、オレの身体はザリガニの背後で立ち上がり、

後ろから羽交い締めにして蹴りをいれたところ、「許して」と叫ぶので、

一瞬手を離すと、奴は二階の窓から、飛び出した。

オレの頭と身体は急いで階段を駆け下り、一階の玄関から外に出ると、

町を覆うかのように、ザリガニは超巨大化して、

星空にでっかい影を見せる。

そしてオレを見下ろし、今にも踏みつぶす構えを見せた。

オレは一瞬怖がるそぶりを見せるが、それは相手の心の隙を突く作戦で、

ザリガニが一瞬ニヤリとした瞬間、オレの頭と身体はジャンプ一発で、

同じく巨大化した。

宍道湖を挟んで、にらみ合う二匹の巨大生物。

湖に映る月の光が遠くの方からザブンと揺れた時、

二つの生物は湖を走り、再び、激突した。

上段からハサミを振り下ろすザリガニの空隙をぬって

背後に回ったオレの身体はザリガニの尻尾を持ち、

思いっきりジャイアントスイングで振り回す。

巨大になったオレがやっているのだから、これが本当のジャイアントスイング

だなあと感心しながら、最後の一振りに力を込めると、

ザリガニの上半身がスポっと抜け、

末次公園の沼あたりに飛んでいきポチャンと落ちた。

オレの手にはザリガニの尻尾が残り、どうしたもんかと考えていると、

湖が突然沸騰し始め熱くなってきたので、とりあえず岸にあがり、

尻尾だけを湖に投げてみた。

するとジュっといい音がしたと思ったら、なんだかいい匂いがしてきたので、

見えている赤い尻尾の後ろを持ち上げると、ザリガニの尻尾のフライが

できていた。

オレは頭を身体にくっつけ、それをムシャっと食べたらうまかった。

そしてそのまま、元の大きさにもどり、疲れたから家に帰って寝た。




翌日、目を覚まし昨夜の事を思い出し、首のあたりをさすってみた。

オレの首は、はずれるようになっているのだろうか?

その日の午後、学校が終わり沼に行くと、ザリガニの上半分だけが

沼に浮いていた。

昨日の餌がそのままに!?

よくわからないまま、オレは沼を後にした。

ザリガニを釣ると幻覚を見るという。

あの夜の出来事が、ホントだったのかどうかは、今でもわからない。