【スペインの娘】


スペインの娘が二人いた。
島根松江の白潟小学校に通っていたときだ。
姉妹で、お姉ちゃんをマリちゃん、妹をミッちゃんと言った。
両親は二人ともスペイン人だが、松本という日本の苗字を持っていた。
日本語はペラペラで、普通の日本の子と全く変わらなかった。
だがルックスは、二人とも白い肌に青い目を持ち、濃い金髪があざやかだった。
全く外国人を見ない近所では、二人の存在は少しだけ特別だった。
上のお姉ちゃんは、オレと二歳違いの妹佳子と同級で「マリ」「ヨシ子」と
呼び合う仲だった。
運動会などでは、お互いに負けん気が強く、競い合うようなところがあった。
マリちゃんはおっとりしたミッちゃんと違い、多少あたりをキッと見るような目を
持っていた。
オレが6年の時には、毎朝、集団登校で連れて行く子供達の中に、

二人も入っていた。
ところが二人は遅刻魔で、オレはしょっちゅう妹の佳子に呼びに行かせた。
今思えば、何事にもきっちりの日本時間に、お母さんが慣れていなかったのかも
しれない。
お母さんはカルメンという人だった。
これまた、スペインの女の人の名前を上げるとなると一番に出てくる名前だった。
カルメンは黒髪で太った体を持ち、そんなにうまくない日本語を早口巻き舌で
しゃべっていた。
オレの母親に、いつも故郷スペインの自慢をし、同時に少し日本の悪口を

付け加え、そしていつも帰りたがっていた。


ある夏休み、カルメンは二人を連れてスペインに帰省した。
その事をオレは母親から聞いた。
オレはなんだか、二人はもう日本に帰ってこないんじゃないかと思った。
日本とおさらばしたいカルメンは、このまま二人と一緒にスペインに住み着くんじゃ
ないかと思った。
しかし、思いのほか早く三人は帰って来る。
その後、オレの母親はカルメンと話す機会があり、彼女の言葉を

母親から聞いた。
カルメンの身振り手振りで話す様子がわかるようだった。
「もう、二人が早く帰ろう帰ろうってうるさいのよ。だからすぐに帰ることにしたよ。
あの二人はもう完全な日本人よ」
もういやになっちゃう!という彼女の付け加える言葉が聞こえてきそうだった。
やがてオレの小学校は終わり、中学に上がる直前の春休みに市内の別な町に
引っ越した。
それ以来スペインの娘の消息は、妹の佳子やオレの母親に聞くだけになった。
聞いた話だと、マリちゃんは日本の男と恋をし、そして結婚した。
おっとりしたミッちゃんは東京でモデルをやっていると聞いた。


それから何年も経つある夏。
東京から松江に帰省した時の花火大会で、偶然マリちゃんに会う。
彼女は浴衣を着て、日本人の旦那と子供ずれだった。
一緒にいた佳子が「おお、マリ」と声をかける側から、オレはいきなり大声で
「マリちゃん!」と声をかけてしまった。
しかし、彼女はチラッとこっちを見て目で挨拶を返してくれただけで、
再び妹の方を向いた。
ちょっと拍子抜けだったが、まあ、そんなもんだろう。
マリちゃんにとってオレは、近所に住んでいた同級の佳子の

お兄ちゃんでしかない。
おまけにしゃべったことだって集団登校でちょこっと声をかけただけだ。
しかし、小さい頃から、オレが勝手に気にかけ、見守っていたつもりだった
スペインの娘のその後に会えて嬉しかった。
佳子と話すマリちゃんの横顔は、相変わらず完璧なスペイン人のルックスだった。
だが、彼女は完全な松江の人だった。
何の心配もなかった。
心配たって、具体的なことは何もありゃしない。
ひさしぶりに会ったから勝手にそんな感情が出ただけだ。
マリちゃんもいい迷惑だろう。
ただ、オレは知らず勝手に、思い込んでいた節があるかもしれない。
鮮やかな金髪を持つスペイン娘は、派手な運命の渦にでも

巻き込まれるんじゃないかと。
でもその感情も少し大げさな気がする。
とにかくマリちゃんは、松江にどっしり根を張り、そして幸せそうだった。
よかった。


ギターウルフは今、スペインを旅している。
スペイン人は誇り高い。
自国を世界No1と信じている。
昔、自国の艦隊に無敵艦隊とつけるぐらいだ。
でも、それでこっぴどく負けるのも、スペインらしくていい。
彼らは陽気だ、そして底抜けに親切、そしてちょっといいかげん。
レストランに入り、英語が通じなくても大丈夫。
若いのからおばさんまでウエイトレスがテーブルに集まってきて、スペイン語と
身振り手振りで、一生懸命説明してくれる。
そして勝手に納得して、何かを持ってきてくれる。
たとえその持ってきてくれた料理が望んだ物と違っても、これまた大丈夫。
食べると何でもうまい。
実はオレはひそかに、食はイタリアより上じゃないかと思っている。
そして宴会好きで大酒飲みがそろう。
だから、この地でのライブはいつも熱い。
終わった後、写真をせがむ女の人もこれまた情熱的だ。
しかし、どんなにセクシーのお姉ちゃんが来ても、しゃべる口調は巻き舌で
けたたましく、大阪のおばちゃんとしゃべっているようで、何だが笑いそうだ。
松江で育ったスペイン娘にそんな部分があるのか、オレは知らない。
だが、あるのかもしれない。
今、スペインを車で走っている。
窓の外には、赤茶けた荒野のような風景。
それを見ながら、遠い日のスペインの娘を思い出した。
スペインの血を持ちながら、松江という土地がはぐくんだ人の心の成り立ちに、
不思議な素敵さを感じる。
そしてそれが心に染みるようだ。


さて、今夜はいよいよ最終日のマドリッドだゼ。
マリちゃんミッちゃん、本来ならば君達が生まれ育つ国だったのかもしれない。
しかし今夜、あの時の集団登校で君達を引き連れた6年坊主が

R&Rでぶっとばす!
スペインの闘牛たちよ、待ってろ!日本の狼が真っ向から勝負してやる!