【ボローニャクレッシェンド】




 

まるでヘップバーンが被るような帽子がそこら中に。
石の柱が続く中世の商店街の様な場所を歩いていた。

すると一軒の小さな帽子屋さんの前で足が止まった。
ウインドウには鳥や動物のような不思議な帽子が並べてあり、

まるでうっとり古い映画のセットに入り込んだような錯覚に陥った。
中をのぞくと、ワンピースを着た中年の女の人が、白い鷺のような大きな

帽子のつばを、両手でチューリップの様に軽く押さえながら被っている

ころで、鏡を前に、あごをつんと、空中にひとつひとつ置くようにして

顔を動かしていた。
ショウケースを挟んで、初老の婦人が、鎖のついた眼鏡脇にやさしく皺をためて何か話している。
すると背後で何かポンコツじみた音がするので振り向いた。

古いバスだった。

両側に車がギュウギュウに駐車されている石畳の道の真ん中を、上下に揺れてぎこちなく走ってくる。

その様子がまるでジブリの猫バスのようで、なんだか、街のそこらかしらに中世の素敵な魔法がかかっているような感じがして思わず

笑い声がでた。

通りからはずれ脇道に入って歩いていると、誰もいない裏道に出た。
すると住居が並ぶ通りに石のトンネルができていて、似た通りが向こうにも続くのが見える。

こちらと向こうがまるで鏡の様に感じられ、一瞬ドギマギした。

大丈夫かな?

ここをくぐると、ひょっとしたら中世にタイムスリップしたりして。
トンネルの天井のひんやりした部分を上目で恐る恐る見ていると、
チャリ~ンと後ろから赤い自転車の少年がトンネルを通り抜けて行った。
むむ、彼は時空を飛ぶ特別な能力を持つ少年かもしれない。
もし何かあったら彼に助けを求めようと、振り返り振り返りくぐり、

さらに振り返り、今来た向こうの景色をしっかり憶えた。

フウ~と深呼吸、タイムスリップはしなかったようだ。

だがここはボローニャ、

自分の心にある過去の何かを微妙に強くたたく街。

 

 

 

 

パリを午前中に飛行機で飛び立った。
機体がボローニャ空港の滑走路に着陸した瞬間、いきなり機内で
ファンファーレが鳴った。
「パンパカパーン!」
むろん放送だが、 一部の乗客から歓声があがり、拍手が起きる。
2011年11月4日 ギターウルフ2度目のイタリアだ。
ボローニャは初めてだった。
カート押す出口に、前回プロモーターのジャーニーが待っていたがオレは首をかしげる。
彼は確か、オレ達がパリを発つ前に「迎えに行くのが10分遅れる」と
ツアーマネージャーのBPにメールを打っていたはずだ。
間に合ったのかと思いながら、彼と握手を交わした。
ジャーニーは黒髪のくせっ毛で、ちょっとガニ股の足に白ピンクの
縦縞パンタロンをはいていた。
あまりにもイタリア人然とした姿に少し笑い再びカートを押し出すと、
そこで「カフェ?カフェ?」と目の前の売店の椅子に誘われた。
飛行機を降り、さあ行こうと言う時に、いきなり出口の売店でカフェとは

初めての事で、少し面食らいながらもおもしろかった。
どの国でもすぐに車に乗り込む。
「なんだかのんびりしてんなあ」とまた笑いの様な物がでるが、
でもひょっとすると世界がイタリア人に期待するのはこんな所かも

しれない。
「まあまあ、あせらず、あせらず」 「もう少し不真面目に行かなきゃ」
ハッハッ、なるほどね、なんて勝手に合点しながらコーヒーを待っている

と、ジャーニーのイタリア人ぽくないひとつの行動に疑問が沸いた。
彼は出迎えに10分遅れるとメールを打った。
果たしてイタリア人たるもの、たった10分の遅刻くらいでメールを

打って良いのだろうか?
どうせなら、平気で1,2時間遅刻して来た後に、
「地震があり、高速道路が真っ二つになり、大雨でカミナリがすごく、
おまけに絶世の美女に誘惑された」とか、
ブルースブラザーズ並の言い訳を並べたて、身振り手振りで
煙に巻くぐらいやって欲しい、なんて密かに想像をふくらませていると、
ジャーニーが、みんなのカフェを持ってきてくれた。
白ピンクの縦縞パンタロンで足を組み、彼はイタリアなまりの英語で
ボソボソ話す。
聞き取りづらく、最初何を言っているのかわからなかったが、
わかった内容が傑作だった。
ジャーニーは出迎えが遅れるとメールを打った。
しかし彼はパリ出発時間を到着時間と間違えていた。
急いで車を走らせ、遅刻と思って到着した空港には、オレ達はまだ居なく
彼は結局2時間近く待っていた。
「う~むお見事、さすがイタリア人、なかなか笑わせてくれるわい」

 


 

裏通りのホテルにシングルが取ってあった。
自分達規模の海外のツアーで3人共シングルというのはあまりない。
「ロックンロールライフだ!」とニヤッと眉を動かして、意味深に
鍵を握らせてくれた。
思わず吹き出しそうだったが、こちらも「OHイエー!」と親指を立てて返す。
その後すぐ近くの食堂に向かった。
木枠の扉を開け中に入ると、焦げ茶を基調にしたちょっと薄暗い店内で、
天窓からのカーテンの様な光がテーブルを浮かび上がらせていた。
夜はお酒がメインになるのだろう、棚一面にワイン、ウイスキー、

ビール樽が敷き詰められている。
すべてがいかしてる、このまま東京の渋谷辺りに出現すれば、相当流行るんじゃないだろうか。
若いかっこいい兄ちゃんが注文を取りに来てくれ、当然スパゲティボロネーゼを頼む。
イタリアに期待する事のひとつに、当然食がある。
飛行機に乗る前にこんな一コマがあった。
「おいBP正気か!今から行くのはイタリアだゾ!」
彼はパリの空港のスタンドでサンドウィッチを買って食べていた。
自分も数分前買おうとしたがやめたばかりだ。
「あぶねえあぶねえ、イタリアがオレを待っているのだ」
前回、オレ達はそのうわさ通りとも言えるイタリアの食のすごさを知った。
しかしだ!その食!お兄ちゃんの笑顔と共にやってきたスパゲティ!
まず!まずまず、これが恐ろしくまずかった、

茹ですぎ伸びすぎフワフワだゼ、オイオイオイ!
期待していた物が真逆だと、自分が間違っているのではないかと思う。
あわててまわりを見回した。
話し込むジャーニーとBPの脇で、クラちゃんとUGもまずそうな顔をしてこちらを見ていた。
「ウソだろう、ここはイタリアだゾ」とスパゲティを太めにフォークに

絡め取り、なんとか平らげた。
木枠をガランと外に出て、ジャーニーに礼を言ってその場所を後にした。
あのまずさ今でも不思議に思っている。
できればもう一度確かめてみたい。

 



 

リハの後、曇り空の下のボローニャの街を少しぶらつきホテルに戻った。

一時間ほど休みホテルを出ると、外はもう暗くなっていた。

雨がかすかに降っていて、少し足早に建物の軒から軒を歩く。

見覚えのある広場に着くと、向かいのビルの影が大きい建物の

地下に入った。

コツコツ煤がかかったような階段を降りていく。

踊り場の暗がりからヌッとボルサリーノを被ったギャングの顔でも浮かび

上がりそうな気がして少し身構えながら降りて、今夜のクラブの扉を

開けた。

音楽が流れていた、まだ客はあんまり入ってない。

楽屋は厨房脇の物置で、先に来ていたUGと顔を合わし、

床に用意されたケースからビールを抜きとり、栓を開けた。

その夜の地下室の爆音ショーは訳がわからないまま終了した。

前回のイタリアフェスで大歓迎を受けた記憶のままステージに

上がったが、その余波は感じられず、イタリア人達は遠巻きに

オレ達を見ているだけだった。
オレは飛びはね激しいアクションで挑発し、客席に突っ込みギターをかき

鳴らす、しかし客の様子は変わらず、最後は楽屋でオレ達の激しい

息づかいが残るだけだった。

終了後、階段を上がった町に人はまばらで、時折バーにたむろする

酔っ払いの横を通り、その夜は三々五々ホテルに戻った。

 



 

翌朝、空港に送ってくれたジャーニーと別れの挨拶を交わす。

「チャオ、またね」

飛行機が出発した。

眼下に遠く、赤茶の遺跡群の様なボローニャが見える。

白ピンクの縦縞パンタロン、恐ろしくまずかったスパゲティ、

遠巻きにオレ達を見ていたイタリア人、

そして、古い記憶がそっとささやくような石の街。

気がつくと飛行機がもうパリドゴール空港に着陸するところだった。

すると機内でまた、あのファンファーレが鳴った。

「パンパカパ~ン!」

そうか、フランスでも鳴るのか、まあ、そりゃそうだろう。