【ByeByeメンフィス】


ビールストリートに向かう車の中で、オレはクリスに聞いた。
「どれくらいぶりだい、ビールストリートに行くのは?」
すると速攻でクリスは返した。
「NEVER!」絶対行かない!
NEVER!と言うクリスの言葉は大げさだが、メンフィスの人間にとって
ビールストリートくらい縁の薄い場所はない。


メンフィスの中心地にある観光地、ビールストリート。
両脇にブルースのバーが並び、夜になるとそれぞれの店で、観光客相手に
バンドの演奏が始まる。
1993年、エリックに初めて連れてきてもらった時には、心がなかなか華やいだ。
だが、やはり観光地は観光地、それだけの事だ。
メンフィスの仲間達と遊びだすと、ビールストリートにはなんの関心も
持たなくなった。
しかし今夜、そのビールストリートにやってきた。
クリスとエイプリールに頼んで連れてきてもらった。
目的は、明日帰る日本へのおみやげを買う為だった。


平日だと言うのにビールストリートは激混みだ。
道の両脇にバイクがズラ~、この一帯の入り口から出口まで並んでいる。
それぞれの店ではブルースや監獄ロックが聞こえてくる。
そして店の前では生ビールが売られ、それを片手にみんなワイワイにぎやかだ。
「なんか、集会でもあるんかい!?」
そんなことを思いながら、とりあえずおみやげ物屋をはしごした。
何軒目かを出たところで、誰かに声をかけられた。
「ヘイ!ギターウルフ!」
振り向くと、太った兄ちゃんが店の前のテーブルに腰掛け、ビールを飲んでいた。
「昨日のライブは最高だったゾ!」
「おう!サンキュー!」と返すと、その兄ちゃんは少しまじめな顔になり
「からだ大丈夫か!?」と聞いてきた。
「もちろん大丈夫だ。ノープロブレム」
オレは右の拳を握ってガッツポーズを示した。


結局、オレは何も買わなかった。
おみやげを買うという才能がオレに欠落しているせいもあるが、
観光地でいいと思えるのは何もなかった。
「せっかく連れてきてもらったのに、わるいわるい」
クリスとエイプリールに謝って、ビールストリートを後にした。
クリスもエイプリールも勝ち気なメンフィスのお姉ちゃんだ。
もう18年くらいのつきあいだろうか。
昨夜のライブは地獄のように暑かった。
ライブ中、クリスは突然泣きだした。
後で聞くと、あまりの暑さで、オレが死ぬんじゃないかと思ったらしい。
途中一瞬、ステージ脇に逃れたオレに向かって、「革ジャンを脱げ脱げ」
と叫び続けていた。
クリスがこんなとこまで来て、そんなことを言うのもめずらしいなと思いながら
オレは再び立ち上がり、ショウを続行した。


かつて、オレは世界中にデモテープを送った事がある。
しかし、どこからも相手にされなかった。
だが、ひょんな事で訪れたメンフィスだけが、オレ達を認めてくれた。
そしてオレ達のファーストレコードはこの町から出た。
オレはこの町を愛して止まない。
できることなら移り住みたいくらいだゼ。


結局、その夜遅くまで、クリスとエイプリールがつきあってくれた。
今度来るのは、今年の秋かな、来年かな。
またその日を楽しみにしたい。
ByeByeメンフィス