【スーパーゴキブリX】


そいつはいつもオレを「ギョ」とさせる。
玄関で靴脱いで、居間で電気を付けた瞬間だった。
右目の下の方で黒い影がサササササっと動いた。
「マジかよ」
ご存じゴキブリ野郎!
家の中で見るのは久しぶりだった。
なんか叩くモンと、テーブルの上の雑誌を丸めて持った。
そろりと近づいた。
するとサササササっと部屋の角のマガジンラックの下に入りやがる。
「やれやれ」そこで取りだすゴキジェット。
ブシューーーーーーーーーーーーーー。
部屋の角に向かって思いっきり噴射させた。
しばらく見ていたが、登場する気配がないので、マガジンラックの裏を見た。
するとゴキブリは仰向けにひっくり返っていた。
やがてネジが切れる安物のおもちゃのように、6本の足をゆっくりまわしていた。
念のために、ゴキジェットを上から何度もかけて寝た。
明日の朝、ティッシュでつまもう。


小さい頃は、ゴキブリがいつもそばにいた。
家のいたるところに奴らは出没していた。
夜の台所で、オレに気づいたゴキブリ軍団が一斉に飛び上がり、
ガキのオレを追いかけてくれた事もあった。
中学の頃、寝てたらもぞもぞするんで、ハッと目を覚ました。
するとオレの下着からサーーーーーーーーーーーと足の方に飛び出して、
快眠から、オレの目をバッチリ覚ましてくれた事もあったけかな。
それとあれは学校から帰ってきた時だった。
靴脱いだら、靴下に昆虫の足がついているんで、
「なんだろな」と思って靴を逆さにトントンしたら、ゴキブリのバラバラ死体が
出てきた。
朝、どおりで違和感があると思ったよ。
世の中にはものすごい数の昆虫がいる。
だが、昆虫の記憶で、強烈な記憶の大半は彼らのものになる。
しかし、小さい頃から、これほど苦楽を共にしたゴキブリとの生活ではあるが、
不思議な事がひとつ。
不思議な事?エっなんだって?
それはもちろんこうだ。
「バカヤロウ!何年一緒にいようと、おまえ等には全く愛着がわかないゼ!
あたりめえだ!てめえら、気持ち悪いんだよ!
いきなり、人の目の前にサササっと出てくんな!
びっくりするじゃんかよ!」


ただ、東京に出てきて違和感に思った事がある。
都会の男が、異常にゴキブリを怖がる姿を何度も見た。
確かに気持ち悪いが、そこまで怖がらなくてもいいじゃんか。
しかし、環境が違うと、そうなるのもしょうがないのか?


朝起きて、ラックの裏を見た。
ゴキブリ野郎は、夕べと同じようにひっくり返っていた。
ティッシュを2,3枚取って、ラックの裏にしゃがんだ。
そしてティッシュの角でスリスリと触って、カラダを少し回した。
すると!?
夕べと同じように、足をゆっくり回し始めた。
「え!」
半端じゃない量のゴキジェットを、こいつにあびせたはずだが!?
よし、ティッシュでつまんでつぶそうとつまんだら、つまみそこねた。
ゴキブリのカラダはクルっと回って背中をみせた。
そして次の瞬間だ、サササササっと走り出した。
さすがにそのスピードは遅く、オレのティッシュに簡単にからみ取られた。
オレはそのまま立ち上がり、ティッシュの上から、親指と人差し指で
何度も何度もブチブチつぶして、ゴミ箱に入れた。


「大変な事になったゼ!」
ゴキジェットをあれだけ噴射すれば、ゴキブリは次の日、
カリカリの干物のようになって死んでいる。
ゴキジェットに勝つゴキブリが現れつつある。
「やばいゼ」
当面はさらに強いゴキジェットを作ればいいだろう。
だが、はたして人間は、ゴキブリとのいたちごっこに勝てるのか。
地球の生物の大半が死滅しても、ゴキブリだけは生き残るという。
ゴキブリの生命力のすごさを何度も見てきていて、その事に疑問の余地はない。
しかし今回またまたあらためて、やはり「そうだろうな」と
6本の足がゆっくり動くその姿を思い浮かべながら、思った。
う~む、恐るべし。