【ジェットサマーその1 激走オートバイ】


オレは天を見た。
真っ黒な山がそそり立つ。
背後で暗雲が渦を巻き、今にも雨が吹き出しそうだ。
ふもとのガソリンスタンドに横付けした2台のオートバイ。
白髪のおやじさんが給油してくれていた。
真夏の夜8時くらいだったろうか。
昼間のものすごい暑さは消え、涼しかった。
虫の鳴き声が少々やかましい。
「ちょっとトイレ」
もう一人にぼそっと投げかけて、裏のドア開けっ放しのトイレに行った。
「うわっ!」入りかけて止まった。
外の暗さに比べると、蛍光灯が明るすぎるトイレだった。
正面左右上下の壁すべてに、大小の蚊が百匹ぐらい張り付いていた。
オレの体の一部分に危険を感じたが、しょうがないから急いでした。
どうしようと思っていたのを決断させたのは、その蚊だったかもしれない。
「よし行こう!」
もう一人に声をかけオレはオートバイにまたがった。


米子道の開通は1992年12/18と言うから、これはそれ以前の夏の話だ。
当時つきあっていた女の子と、オートバイ2台で東京から松江に帰った事がある。
中国自動車道の落合ICで降りると、そこから山陰の米子まで山越えになる。
山のふもとのガソリンスタンドで一息入れ終わると、
2台のオートバイのエンジン音が、夜の闇にブオ~ンと鳴った。
しかし、やれやれ、今まさに降りそうな雲を見ながら、この決断。
一応合羽を着けたが、知らないって事は恐ろしいゼ。


ヘルメットにあたる雨の量が、ドボドボすごかった。
せまい山道を、遠慮のない長距離バスや大型トラックと何度もすれ違う。
「くそ!危ねえな、この野郎!」
頭に来てその後、オレはほとんど後悔した。
なんとか降らない気がしていた雨は、走り出してすぐにポツポツきた。
そして瞬時に大雨に変わった。
自分の甘さを呪いたかった。
自分はまだいい、死んでも自分のせいだ。
しかし、後ろの女の子はだめだ。
彼女だけはなんとしてでも。
「頼む神様、オレはどうなってもいいから、後ろを走るバイクと女の子を
助けてやってくれ!」


草木が大雨で濛々と暴れる中、山のくねくね道を2台のオートバイが走る。
膝ほどの高さのガードレール。
その向こうに谷底が見えた。
道路に沿ってドロ川になった雨が、ゴーっと谷底に落ちていく。
ほんの少しの油断も許されない、ハンドルを握り、カッと目を見開いた。
しかしそれでも、登りはまだよかった。
問題は下りだ。
完全な下りだけじゃない、時折、わずかに登る箇所がある。
そこに水がたまり、上から見るとそこだけ道が消える。
水たまりの向こうにでた道の方向を見て、カンだけで突入する。
すると、水がヒザあたりまで来る事が何度かあった。
オレはなんとかなる。
しかし、後ろよ、なんとかオレのテールに食らいついてきてくれ。
オレの命はいい、なんとか後ろを。


「お!?高速道路がみえるゾ」
必死の我慢の運転のその先だった。
山越えの道が高速道路につながった。
雨はまだ激しかったが「ホッ」とした。
やがて開通する米子道が、降り立った山のふもとまで延びてきていたのだ。
遠くに米子の町のネオンが見えだした頃には、雨はすっかり上がった。
2台のオートバイが、まだ建設中の料金所らしき建物で止まる。
合羽を脱ぐと、あの命がけの運転がウソだったように、二人はさわやかに
笑いあった。
そして2台のオートバイは、雨上がりの星空にエンジン音をとどろかせ、
まだ新しいハイウェイを、町の光に向かって走っていった。
風が気持ちいい。
「キャホーーーーーーーーーー!」


「私は、二人と2台のオートバイ両方が、助かる事を一生懸命、お願いして
いたわ。お願いお願い、神様絶対助けてねって」
自分の山越えの時の心境を話した時、彼女はそう言った。
悲壮感に必死になる男と違って、女の子はなんと言うか、大変なところでも
「のほほ~ん」と言うか、フトコロが深いな、こんちくしょう!と思わす
夏の出来事でもあった。
ジェットサマー!!