【ドイツビール】


その日はオフだった。
昼間、ドイツのバンドがオレ達を迎えにきた。
そいつらの家でパーティを開いてくれるらしい。
外へ出ると、ちょっと汗ばむようないい天気。
「おらおら、パーティ!パーティ!」
はしゃいで迎えの車に乗り込んだはずだ。
途中、コンビニに寄ってもらう。
パーティに出る礼儀として、ビールをしこたま仕入れようと思った。
中に入ると冷蔵ケースの中には、ビールがきっちり冷えている。
「ゴクッ」のどが鳴る。
この暑さに、このキンキンに冷えたビールを空に向かって飲んだら
どんなにうまいだろう。
オレは勢いよくガラスケースの扉を開け、ビールのパックをガシッとつかんだ。
すると背後からバンドの兄ちゃんの一人が言う。
「セイジ!ビールはたくさんあるから大丈夫だ」
「え、そう」とオレ。
「でも、ちょっとぐらいオレ達が買う」
すかさず付け加えたが、その兄ちゃんは言う。
「おいしいのがたくさんあるから大丈夫」
不承不承にオレはビールのパックから手を離した。
オレの頭の中には、買おうとしたビールの栓を抜いて、口をつけるとこまでの
イメージがすでにできていたのだが、そこまで言うならしょうがない。
「OK!わかった。じゃあ行こうか」


ギターウルフが初の本格的EUツアーに出た年だった。
数夜一緒になったドイツのバンドと友達になった。
EUでの友達は初めてだったので嬉しかった。
そいつらがオレ達の為にパーティを開いてくれるという。
ありがたいこっちゃ。
コンビニを出た車は、のどカラカラになってきたオレを乗せて、
坂道をどんどん登っていった。


「おいおい!全然冷えてねえじゃんかよ」
といきなり怒ってしまったオレはまだ、全然人間ができていない。
そしてさらに、
「だからさっきあそこでビールを買えばよかったじゃねえか」
招待された家に置いてあったのは、生ぬるいドイツの地ビールであった。
後から考えれば、一生懸命用意してくれたのだろう。
しかし、あの場面、あの瞬間、水滴の付いた冷えた瓶ビールを逆さにして、
どうしてもラッパ飲みしたかった。
そういう時、オレは頑固になってしまう。
他のみんなが、まあまあと口をつける中、オレは一滴も口をつけない。
ケっ、あきれるねこのオレという男。
オレの怒りがおさまらないのを見て、遂にバンドの兄ちゃんは、さっきの
コンビニまでオレを乗せて車を走らせてくれた。
そう、後は問題なく、ニコニコで、めでたし、めでたし。


ビールは冷えた物を飲む。
それまではそれが当然だと思っていた。
もちろん生ぬるくなっても飲んだりするが、先ず一杯目は冷えたものを飲みたい。
しかし後でわかったことだが、冷蔵庫より先にビールはつくられた。
だから、昔の人はいつも生ぬるいビールを飲んでいた。
ドイツにはその伝統がまだ普通に生きているという事を、知る機会にもなった。
その伝統に対していきなり怒るなよな、誰かさんよ。


でも、その事が原因かどうか、オレはそれからしばらくドイツのビールは
どうもイマイチだった。
海外へ行くと、日本のビールに異常な誇りを持つというオレの性癖も災いして
いた。
でも、そんな事平気でドイツ人の前で言うと、ドイツ人は当然いやがる。
実際に怒られた。
同じEUツアーだったか、別のEUツアーだったか忘れたが、
ドイツのどっかの都市のライブハウスの近くに日本食屋を見つけた。
「やったゼ!日本のビールを飲みに行こう!」
ビリーを誘って、その店ののれんをくぐった。
中に入ると、鉄板のカウンターを挟んでオーナーらしき日本人おやっさんが、
コック姿でそこにいた。
「日本のビールありますか」
「あるよ」との言葉で、にんまりした二人は席に着こうとする。
着きながらうれしさでオレがもう一言。
「いやあ、ドイツのビールおいしくなくて」
すると、カウンター前で他のお客の注文をとっていた奥さんらしき
太ったドイツ人のおばさんがとことことやって来たから驚いた。
「何言ってんの!ドイツのビールはおいしいのよ」
とうまい日本語で怒られた。
失礼しました。
今ではドイツのビールも大好きです。