【怒りのカナダガール】


ハーザーはいきなり怒った。
両こぶしを机の上にドンっと振り下ろすと、目の前の男に突っかかった。
「あんた男だろう!もっと冒険しろ!」
もちろん英語でだが。


話はそんなにたいした事ではない。
オレがまだ23,4の頃だった。
原宿のカフェドロペの小道を入ったところに養老の滝があった。
仕事が終わった夜8時頃、店の前に出してあるテーブルで知り合い達と
飲んでいた。
その中には、ちょっと前に知り合ったカナダの姉ちゃんハーザーがいた。
彼女はモントリオールから英語の教師として日本にやってきた。
その前は中国、タイを旅していたという。
金髪のチリチリで背が高く、テコンドウをやっていると言うだけあって、筋肉質
でがっちりしていた。それでいてひょうきんな姉ちゃんでみんなの人気者だった。
その夜、気づくと、隣で飲んでいた別グループの、オレ達よりもっと
若い兄ちゃんとハーザーは話していた。
その時だ、ハーザーがいきなり大声をだしたのは。
その若い兄ちゃんは、いろいろ旅をしてきたハーザーに圧倒されたのかな。
まあ、聞いていても、ウソだろうと思えるような情けないセリフが、
近くにいたオレの耳にも聞こえて来た。
その兄ちゃんがポツリ
「僕にはそんな勇気はない」
オレも怒るぜ。
日本人しょうもねえ~、カナダ人のお姉ちゃんに怒られてやんの。


それから5,6年後のシアトルで、オレは同じセリフを聞く。
ギターウルフの第2回目のUSツアーで、アメリカ人の友達の家に
泊めてもらった。
夜遅くまで、家の前に出してあった外のテーブルで、友達になったアメリカ人の
兄ちゃんと飲んでいた時だ。
その頃、日本人のバンドがUSAでツアーをするというのはめずらしかった。
その事について彼が一言。
「僕にはそんな勇気はない」
もちろん英語だが。
その言葉がアメリカ人の男から発せられるのを聞いて、一瞬言葉が詰まった。
いるんだ!?アメリカ人の男にも。
そこでちょっと安心したのは、変な感じだった。


人間誰しも、本当に勇気がない時や、もしくは勇気が出ない時が
あるかもしれない。
しかしそれを平気で口に出すと言う事はめずらしい。
ハーザーに怒られたあの若い兄ちゃんが、長年オレの頭にあった。
オイ!ハーザー、そんな日本人もいるかもしれないが、オレは違うぞ。
今思うと、きっとそんな気持ちで思い出していたのかも知れない。
あの兄ちゃんにとってはいい迷惑かな?
あの後反省して、勇気ある立派な男になっているかもしれないもんな。
ただ、アメリカ人の男が、同じセリフを吐いた事に、なぜかホッとしながらも、
なるほどなとも思った。
結局、どこへ行っても、人間は似たり寄ったりで、強いやつもいれば弱いやつも
いる、世界各国いろんな人間がいるって事をアメリカで知った。
当然すぎる事だが、その時知った。
旅は大事だ。