【あこがれのアストロG】


小4の時の広島の冬に、あいつはやって来た。
自慢まるだしいかにもで、口元ニカっと笑みを浮かべていた。
ペダルから足をはずして片足地面につけると、
やっぱり動かしやがったゼ、ハンドル握る右手の親指を。
「カチッ」
スイッチを入れる音が聞こえた。
すると電飾の光が右へ左へと走る。
「おいおいおい!今光らせる必要、全然ありゃせんじゃろう!」
心でそう突っ込んだかどうかは忘れたが、
その友達を、ものすごくうらやましく思った。
だがそれ以上に、目の当たりにした本物に、「うおー」と震えるものを感じた。
顔では「へっ、くそったれ」みたいな顔をしていたけどさ。


君は知っているか!?あのあこがれのアストロGを。
あの衝撃の電機フラッシャーを。
今思えばわずか1年のブームだった。
しかし小学男子の間では空前のブームだった。
「アスロトGに乗れなかったら、自分の人生は何の価値もない」
オレはそこまで思い込んだ。


昭和48年にブリジストンは、最高級自転車を発売する。
それがアスロトGだ!
電機フラッシャーと呼ばれる方向指示器が、前後でバカでかく燦然と輝き、
スイッチオンで、近未来的な光が駆けめぐる。
かっこいい!なんてかっこいいんだ!
そのアストロGに颯爽とまたがり、街角を突っ走る自分の姿を思い浮かべながら、
オレはしょっちゅう自転車屋のショウウインドーにへばりついた。


しかしすぐに、妥協の季節は訪れる。
親に金が無かったのか、はたまたオレに我慢を憶えさせたかったのか?
それはよくわからんが、結局、アストロGをかなりスケールダウンした、
お飾り程度の小さい電機ウインカーがついた自転車を買ってもらった。
そしてクラスの連中も、結局ほとんどがオレと同じようなモデルの
自転車に乗っていた。
親は子供のリクエストにホイホイ簡単に答えてはいけないと言う事か!?
「そうだ!」とそんな風潮がその頃あったように思う。
TVゲームを買うために、子供に代わって量販店に並ぶ親はまだいなかった。


「じゃあな」
再びアストロGのペダルに足をかけたその友達は、
悠々と背中を見せて去っていった。
マシンの差は歴然として、その場に残されたオレ達のはしょぼかった。
だが、それでもいいじゃんと言う事に気づいた。
この買ってもらった自転車でも十分だと言う事に気づいた。
本物のアストロGの前では感激で、その場はメチャクチャうらやましかったが、
その日を境に不思議と電飾自転車への興味はどうでも良くなった。
なんでじゃ、あんなに欲しかったのに。あっけないもんだぜ。
ガキの日常は次から次へと津波のように興味がせり上がる。


今思うと、物というものに強烈な執着を持ったのは、アストロGが
生まれて初めての事だった。
あの時、もしアストロGを手にしたら、オレはものすごい満足感を
味わったはずだ。
しかしその満足感は味わえなかった。
あの強烈な最初の物欲が、あの時満たされなかった事は、オレのその後に、何か
強烈な影響を与えているような気がする。まあ、気がするだけでよくわからんが。
とにかく!君は知ってたか!?あのあこがれのアストロGを!