【ブラウンマフラー】

 

 

小六だった。あの冬オレは残酷だった。
あの子はとても寂しそうだった。
あの日オレは、小学校から帰って来て2階にいた。
するとガラガラガラ
階下で玄関が開く。
母親が応対に出たようで、誰かと話す声が聞こえてくる。
するとその声が突然でかくなった。
「セイジ!セイジ!お友達だよ」
「ああ~」とか言って階段を降りたはずだ。
降りる時、母親の呼び方がちょっと変に感じた。
友達の前に‘お’がついている。

 

 

 

降りてすぐに玄関がある。昔の家の玄関で、割合土間が広かった。
そこに細い女の子が立っていた。
冬物の白ジャケットに細い青いジーンズで、その子は少しうつむきながらも、
目がキョロとオレを見ていた。なんだかバンビのようだ。
同じクラスの野津さんだった。その手には紙袋があった。

 

 

 

「いらない」
野津さんが紙袋をオレの目の前に差し出した時、オレはこう答えた。
その中は、彼女が一人で編んだマフラーだという事を、告げられたにも
かかわらずだ。

 

 

 

野津さんはクラスで一番かわいい子だった。
いつも元気はつらつで、楽しい子だった。
そして開けっぴろげで「オレの事を好きだ」とみんなの前で言うような子だった。
だがその頃オレには他のクラスに好きな女の子がいた。
それにしてもあの対応はどうよ。
「はあ~」とこの場面を思い出すとため息ついちゃうゼ。
小6の小さい女の子が一生懸命編んだマフラーだぜ。
ガキだよガキ!冷たいガキ。
もし彼女の父親がこのことを知ったら、娘のけなげさにこころがキュっと痛く
なっただろう。

 

 

 

「セイジ!」
後頭部をスリッパでパカ~ンと殴られたわけじゃないが、それぐらいの勢いで
背後からオレの名を呼ぶ怒号が飛んできた。
そう、このやりとりを居間で見ていた母親の怒鳴り声に他ならない。
いきなり割って入ってきた母親によって、結局、野津さんの手編みのマフラーを
受け取った。
ただし「ありがとう」なんてまともに言ったかどうかさだかではない。
ガラガラガラガラ
閉まる玄関の曇りガラスの向こうに彼女の白いジャケットが見えて、そして
消えた。

 

 

 

オイオイオイオイ!もうちょっと、どないかならんのかい!
オーマイガー!だぜ。ホントは嬉しいくせによ!
とは、大人になったオレが思う事ではあるが、
小6のガキはそんな程度だろう。ただ嬉しかった事はホントだ。
それに、野津さんもきっと、とっくの昔に忘れているにちがいない。
ただ、普段はじゃじゃ馬ぐらい元気な女の子が、一瞬見せたとまどいの顔が、
なんだかいじらしく可憐で、まるであの冬に凛と咲いた白い花のように、
オレの小6の冬の風景に今でも咲いている。

 

 

 

野津さんが帰った後、母親がオレに言った。
「あんたは冷たいところがある」
へえ~そうなんかとそこでオレは納得している。
その一方、子供には子供の事情があるわいとも思ったが、今思えば母親の方が
正しい。
もらった紙袋を2階に持って上がった。
ガサガサっと中を開いてみると、茶色のマフラーが入っていた。
取りだして両手でベルトコンベアーにすると、ずいぶん長かった。
そしてそれをゆっくり首に巻いてみた。その時一回こっきり。

 

 

 

メリークリスマス