【大阪に行けば!】


北諫早小学校にあがってから、いつも2番だった。
かけっこの事だ。
どうしても勝てない横井君という子がいた。
オレより背丈があり、今考えると馬面の男の子だった様に思う。
オレは小高い山の上の県営住宅に住んでいて、彼はその山の中腹あたりの
一軒家に住んでいた。
だから行き帰りはよく一緒になった。
そんなに仲がよかったわけじゃないが、田んぼのあぜ道を二人プラスその他
数人でよく走った。
その度に、ちょっとだけ悔しさをこころに残した。
小3の時に、親の転勤で大阪に引っ越しが決まった。
その頃にまた、オレは横井君とどこかの坂道を走っている。
結果は同じだったが、その時オレは悔しさ紛れでこんな事を言っている。
「大阪に行けば僕は1位だ!」
横井君もへん、そうだな、みたいな顔をした。


つまり、都会の子はみんなひ弱だから、田舎の子が行けば、運動は
当然ダントツ1番だと思っていた。
まるでクリプトン星から来たスーパーマンだ。
しかし田舎の子供達のみんながみんな、大まじめにそう思っていた。
その頃、日々入る都会のニュースで、東京タワー、新幹線、大阪万博以外は、
子供達にとって魅力のあるニュースがなかったせいもあるだろう。
「光化学スモッグ吸うとあたまがおかしくなるらしいゾ!」
「息はしたらいけんのか」
「都会の学校の校庭はコンクリートらしいゾ!」
「こけたら血がいっぱいでるなあ」
都会では、子供達がすごくきゅうくつに生活している映像が、ずーと頭に
浮かんでいた。


「転校した瞬間に、オレはその学年No1や!」
こころの中は鳴り物入りで、大阪は滝川小学校の教壇の横にオレは立っていた。
先生がみんなにオレを紹介する。
「思った通りや、足の速そうな奴なんておらんやんけー!」
いきなり大阪弁で思ったかどうかは別として、今思えば、つっぱってたのかな。
オチとしては、オレがNo1だろうと思っていたら、オレより足の速い奴が
バンバンいたと言うのがオチになるのだろうが、ところが、やはり本当に
自分がクラスで一番速いように思われた。
不思議な事に、大阪の子達も、田舎から出てきたから当然オレが一番速いと、
頭から思いこんでいることだった。
ある日、住んでいた天満のマンションの前で、自転車に乗っていたクラスの
友達と偶然会った。オレはその子を走って追いかけた。
すると「うわ!自転車よりも速い」とその子は言った。
ちょっと大げさな感じもしたが、大阪の子が田舎者のオレを、そんな風に
思っていてくれたのは、ちょっとへへん~と言う感じだった。


ただ、クラスで一人おとなしいが精悍な感じの男の子がいた。
大和君って言ったかな?
その子は見るからに足が速かった。
その子と走る機会は一度もなかった。
オレの何が何でもオレだ!というアホな我が静かにたっていたせいか、
クラスでは一応オレが一番速いと言う事になっていた。
しかしたぶん一緒に走っていたら負けていただろう。


さて!季節は秋の大運動会だ。
田舎から都会への、自分の変な思いこみを思い出した。
それと同時に、草深い山の上でのかけっこで、オレの横を抜き去っていった
横井君と、大阪造幣局の裏にあった小学校の狭い校庭を、全速力で走る
大和君の後ろ姿、その二人の雄姿がオレの頭の中を駈けぬけていった。


おっと、ところが、今は秋はやらないね。
オレ達の子供の頃は、春の小運動会、秋の大運動会と毎年二つあったんだが、
今は中学受験がひかえているから、春だけのところが多いらしいよ。
子供のパワーが落ちるわけだゼ。
とすると、昔の小3の僕は、横井くんにこうも言えたかも、
「2009年に行けば、ダントツで僕が1位だ」
やったー!
考えるな!思いこめ!