【ジョーンジェット&ブラックハーツその2】

 

 

中学2年の道場の帰り、古志原のスーパーの2階にあるレコード屋に、
先輩達と一緒に立ち寄った事がある。
階段上がってすぐの婦人服売り場の横に、レコードラックが並べられてあり、
そこをみんなでうろうろした。
楽器を多少かじっている連中は、‘かぐや姫’や‘風’のラックに集まっていた。
その時オレは、その背後で一枚のレコードを手にしている。
それは当時、色物のように宣伝されていたランナウェイズのレコードだった。
きわどい物見たさだった。
性的な期待もあったのかもしれない。
しかしそこには、銀のジャンプスーツをきめた金髪のおねえちゃんが、
がしっとにらみをきかせて、こっちを見ていた。
見てすぐ、レコードラックにすとんっと返した。
あまり堂々と見る気はしなかった。
背後では、音楽談義が盛り上がっている。
その頃ランナウェイズは、中学男子にとってそんな存在のロックバンドだった。

 

 

 

ランナウェイズ、後にオレのロックスタイルを、ある部分、大きく決定した
ジョーンジェットが最初に在籍したバンドだ。
人はいろんな分子で構成されている。
いろんな情報が次から次へと頭に入るが、適合しないものは排除される。
何が合うか合わないかは、人によって違う。
ロックの分子もそうだ。
あの時、レコードラックからランナウェイズのレコードを取り上げた瞬間、
ロックの分子がオレに向かって放射されていた。
オレはそれを思いっきり浴びた。
そしてオレは後になるまで気づかなかったが、その分子を排除していない。
つまりランナウェイズはオレに適合した。
あの頃が始まりだった。
からだが急激に成長しだし、それにともなって、ロックの分子を大量に
必要とし出した。
そしてそれはロックの覚醒が起きるまで、からだの中に蓄積されていった。

 

 

 

それから16年後1992年夏、ロックの覚醒が横浜の町を走っていた。
横浜ビブレでジョーンジェットのサイン会があった。
その後、裏口から出る彼女の車を思わず走って追いかけた。
信号で追いついた。しかし追いついたはいいが、どうしようかと思った。
「窓でもたたくか」
すると信号が変わって車がまた動き出した。
車は横浜駅の真ん前で止まり、再び追いついたオレの前に、意外と小柄の
ジョーンジェットが降りてきた。
ギクっとしたが引き下がらず突っ込んだ。
「ヘーイ!」握手を求めた。
固く握手をしてくれたような気がした。
そしてそのまま彼女は、タンクトップで白い消しゴムのような肩の筋肉を
ひるがえし、横浜駅前のデパートの中に消えていった。
昼時だからこれから飯でも食うのだろう。
その夜の、彼女のライブは忘れられない。

 

 

 

この年、ジョーンは‘ILOVE R&R’の大ヒットから
10年ぶりに来日をしている。
川崎クラブチッタで3日間ライブがあった。
オレは3日とも同じ服で見に行った。
昼間にサイン会があった最終日は、ビリーと一緒に見に行った。
オレ達は会場の真ん中あたりでライブを見ていた。
するとぶったまげた事がライブ中盤で起こる。
曲の途中でステージのセンターに立つジョーンが、客席のセンターに
立つオレを指さした。
そして手のひらを見せると、ハーイっと小さく手を振った。
「何!?」
ズギャーンと一撃、一瞬の動作だった。
オレのハートにロックの弾丸が、ドリルのように回転して飛び込んだ。
「おい、見たかいビリー!」
真後ろにいたビリーに叫びながら振り向いた。
「うん、うん、見た見た。確かにアンノちゃんにやったね」
ビリーは間違いなく、オレの歴史の目撃者になってくれた。
しかしその後のすばやい返しが、ビリーらしくていかしてる。
水のかけかたが天才的だ。
彼女がオレに指を差して、手を振ってくれた一連の動作をこう言った。
「うん、見たけど、あれはさあ、こうやったんだよ。
中指たてて、シッシあっち行けって、追っ払うように手をはらったんだよ」
あまりにもうまい返しに、オレは苦く大きく笑ったのだった。