【スイカ】


氷水のバケツから紐で引き上げられたスイカを見て、みんなに歓声があがった。
道場の裏口の石の段にそいつは落とされた。
スイカは紐がついたままグシャっと割れた。
一年生全員、汗びっしょりの剣道着を着たまま、スイカを囲んで座った。
誰かの腕が伸びたかと思うと、割れ目に指をかけバリバリ裂きだした。
スイカの赤い汁が太陽の下でたっぷりだった。


口でがぶりとやって、あまりのうまさに驚いた。スイカはよく冷えていた。
「え!?スイカってこんなだった」
もうみんな手と口が止まらなくなっていた。
手が次々と出てきて、スイカをバキっと割ると口に持って行く。
スイカは口に触れた瞬間に皮となる。種をはき出す奴なんていやしない。
食った皮を手から下にスルリと落とすと、すかさず次のかけらに手を伸ばす。
夢中だった。食べ始めての何分かは、この地球上で確実に目の前のスイカのこと
しか考えてなかった。
スイカがこんなに水分を多く含んでいる事をその時初めて知った。
まるで甘い水の固まりを食べていると思った。
水を飲むより、ジュースを飲むより、こんな時にはスイカが一番と思った。


その日は高校の剣道部の合宿の最終日だった。
最終日は午前の稽古が終わると解散となる。
終了の礼が済むと竹刀と防具を抱えたまま、みんなでソロリと立ち上がる。
側にいる同じ一年生同士で顔を見合わせた。
全員髪の毛がびっしょりだ。
みんな同じ目をしていた。
「やっと終わったな」


練習中の水分補給は絶対禁止だった。
掃除と着替えをすまして早く自販機にみんなで行きたかった。
そんな時だ、上級生が冷えたスイカを何個か持ってきてくれたのは。
スイカは一年生だけに与えられたものだった。
他の上級生はすでに隣の学食でジュースでも飲んでいるようだった。
スイカの皮の残骸を囲んで、一年生達は袴の足を行儀悪く投げ出し、
誰もいない真下の校庭とその上の青空を見た。
「いや~スイカがうまかった」


今年もスイカの季節がやってきたゾ。
キンキンに冷やしてみんなでワイワイ食べようゼ!