【生ビール IN タイ】

 

 

飲み干した生ビールのジョッキを、高々と頭上にあげて、オレは思わずうなった。
「うまい!」
まんじりと首を超スローに横にふりながら、ジョッキのSAPPOROのロゴに
見入った。
「やっぱり、日本のビールは全然違うゼ」
その場にいたみんなに向かって、オレは大きくつぶやいた。
そしてさらにまた、
「胃の中でのプチプチ感がたまんない。ほらプチプチ言ってるよ」
プチプチとは、その頃日本のビールのコマーシャルで、松方弘樹がビールの
うまさを形容していた言葉だ。
目の前にいたビリーも、しあわせそうな顔でゆっくりうなずいた。

 

 

 

1999年、ギターウルフはタイにいた。
映画「ワイルドゼロ」の撮影の為にカンチャナブリーという町に来ていた。
有名な映画「戦場に架ける橋」の舞台となった町である。
この町にオレ達は一ヶ月近くいた。
ただ一日だけ、他のキャストと共に、現地の少し変わった日本人の
おじさんの案内で、首都バンコクを訪れた日があった。
目的はムエタイ観戦だった。
しかしオレとビリーにはもう一つ目的があった。
それは日本のビールを飲む事だった。

 

 

 

タイにはシンハーというビールがある。
まずいビールではない。だがやはり人には強い好みがある。
オレには日本のビールに比べるとどこか香辛料臭く、そして水っぽい気が
していた。いわゆるコクとキレが無いように思えた。
そしてもう一つ、オレは海外にいる時、日本人として日本のビールに、
異常な自信をもつという性癖がある。
シンハービールしか手に入らないカンチャナブリーでの日々の中で、
オレとビリーはだんだん日本のビールに飢えていった。

 

 

 

バンコクに着いてすぐ、オレは案内のおじさんにせがんだ。
なにがなんでも、とにかく早く、大至急で日本食屋をとにかく目指してくれと。
しかしさっそく連れて行かれた店はなんだか変だった。
オレがせかしすぎたのか!?
日本語の看板なんてありゃしない。
入ると、ごっつい女の子が奥にたくさんいる。何だかあやしいゼ。
だが壁には確かに日本のビールのポスターが貼ってある。
のどがゴクっとなった。
しかし、待て待て!はやる心を今こそ抑えるべきだと思った。
これは勝負だ!
こんな場所で間違って、変なビールを飲んでしまうわけにはいかない。
このカラカラのオレの身体に!
日本のビールを最高に欲しているこのオレの身体に!
別のビールを入れてしまっては絶対にいけないのだ。
何が何でも日本のビールを飲まなければならない。
細胞のひとつひとつが最上級の歓喜の瞬間を味わえるという
千載一遇のチャンスが目の前にせまっている。
それを絶対に逃してはならない。
いや、逃してなるものか。
オレは額から脂汗を流し、こぶしをぐっと握りしめ、その場所をパスした。
その後も数軒のいかがわしい日本食屋をパスして行くと、
やがてタイの人の経営ではあるが、信用できそうなそれっぽい日本食屋に
オレ達は到着した。

 

 

 

ガラガラと入り口を開けた。
「あったあった!あったゾ!」
入った正面の透明な冷蔵ケースの中に、冷えた日本の瓶ビールが
たんまり並んでいるのが目に飛び込んだ。
ツカツカっと歩いて、座敷に座るなりその日本の瓶ビールを頼もうとした。
すると壁に生ビールのポスターが貼ってある事に気づいた。
「おっ!生ビールまで置いてあんの!」
オレとビリーは一瞬、にんまり顔を見合わせ、二人で眉毛を動かし合うと、
すかさず叫んだ。
「生ビール!」
頼んだ後、空中を見上げた。のどの奥から声にならない声がでる。
「うぅ~、はやぐ、はやぐ持ってきてくれ」
テーブルの上を指でせわしくたたきながら、ジリジリと生ビールが来るのを
待った。

 

 

 

数分後、生ビールが遂にやってくる。
ウエイトレスのおばさんの手によって、SAPPOROのロゴ入りジョッキに

 

泡がこんもりとした生ビールが人数分テーブルに置かれた。
オレが叫ぶ。
「うっしゃあ、乾杯!」
お互いにジョッキをぶつけ合って、オレは生ビールをいっきに飲み干した。

 

 

テーブルの上で、飲み干したジョッキの中に残された泡の一筋が、底に向かって
ゆっくり落ちていくのを見ながら、オレは軽い放心状態にあった。
ジョッキの取っ手を握りしめたまま、息づかいが荒かった。
一通りの満足を得て、それを体内で確認していた。
そしてその作業が終わるや否や、
オレは再びジョッキの取っ手を握り直し、空中に高くつきだした。
「おばちゃん、おかわり!ジャンジャン持ってきてくれマーベンライ!」

 

 

 

するとジョッキを突き出した先で、案内のおじさんがウエイトレスと何か

 

話している。何か聞いてくれているのだろう、聞き終わった後、

おじさんがオレとビリーの方を向いた。
その後におじさんが言い放った言葉で、オレ達はみなひっくり返る程の
大爆笑になるのだが、それはもう何というか、思いこんだら命がけというか、
あほというか、バカというか、気合いというか、科学というか、
やはりバカと言う言葉が一番というか。

 

 

靴を履いたまま座敷の端に腰を下ろしていたおじさんが

 

オレ達に向かって口を開いた。
「ここに置いてある日本のビールは瓶ビールだけですよ。
生ビールは全部シンハーです」
握りしめたジョッキのロゴSAPPOROが少し震えた。
大爆笑はその一瞬後だった。

 

 

おいみんな!日本は今日も雨が降ったり、じめじめ晴れたりしてかなり暑いぜ。
生ビールがうまい季節はもう始まっている。
飲んだ瞬間のあの胃の中のプチプチを楽しもうゼ!
ただし海外で日本の生ビールを楽しめない時には、日本のメーカーのロゴが入っ

 

たジョッキを持って行くのがよかろう。