【おばあちゃんのお見舞いその2】

 

 

長門古市。その町におばあちゃんの病院がある。あたりには温泉が多い。
レンタカーを走らす国道沿いには、何軒か豪華な温泉旅館の看板がみえる。
「そういえば数年前、おばあちゃん自らが温泉旅行つきの法事を主催したよな」
ハンドルを握りながらオレは思い出した。
思えば、あの時が元気なおばあちゃんを見る最後だった。

 

 

 

その法事というのは、オレのひいおじいちゃんの50回忌と
ひいおばあちゃんの25回忌の法要を一緒にやる事だった。
費用はすべておばあちゃん持ちだった。
おばあちゃんは、なるだけ多くの親戚呼びたかったらしい。
だが最初、そんなに親戚が集まらなかった。
オレはそれをうちの母ちゃんに聞いた。オレはその時感じた。
「これはおばあちゃんが死ぬ前にやっておきたい彼女のビッグイベントだ!」
そう感じたオレは急いで、来ないって言った親戚のおじちゃん、おばちゃんに
電話をかけまくった。そしたらみんな結構集まってくれた。
そしてみんなで法事して観光して温泉入って結構楽しかった。
実を言うとオレはその時が、温泉旅館というものの初体験だったんだ。

 

 

 

国道沿いのローソンの前にその病院の指標があり、そこを左に入る。
すると遠くにその病院が見えた。福永病院。精神科,神経科の病院だ。
老人性痴呆症でオレのおばあちゃんがここに入ったのは二、三ヶ月前ことだ。
おばあちゃんはずーっと一人暮らしをしていた。
友達と旅行するのが好きなおばあちゃんだった。
しかし五年位前から旅行に行かなくなった。何度か母親は、オレの田舎の松江に
呼んだが、大儀なっと言ってけして動こうとしなかった。
だがオレ達家族は、その言葉に結局甘えていただけだったのかもしれない。
おばあちゃんの事は、同じ山口県内に住む母ちゃんの弟、つまりオレのおじさん
がほとんどの世話をしていた。

 

 

 

ギギギギギギー、1階の入口の鍵がかかった重いドアを看護婦さんが開けた。
そこには階段があった。看護婦さんについて2階に登っていった。
すると登りきった所に、また一つ鍵がかかったドアがあった。
ガチャガチャっと中に入るといきなり、お遊戯のような歌が聞こえた。
車椅子のおじいちゃん、おばちゃん達が、看護婦さんと一緒に、子供のように
歌っていた。
「こちらです」看護婦さんはさらに、オレをどんどん建物の奥の方へ連れて行く。
「ここで待っていて下さい」ある部屋の前で待たされた。

 

 

 

ドアをどんどんたたく音や、大きな叫び声が聞こえてくる。
オレをじっと見ている老人、同じ場所を歩き回っている老人、その中を、
看護婦さんに手をひっぱられて、オレのおばあちゃんがしずしず出てきた。
「せいじか」おばあちゃんの口が開いた。
「あっ、よかった」

 

 

 

二人だけで話せる面会室で、二人で並んで座った。
オレは買ってきたやぶれまんじゅうをだして、それを二人で食べた。
窓には朝から降り続いている小雨のしずくが流れている。
 
オレが今住んでいる東京からみたら、ここは本州の端っこにある山口の
田んぼに囲まれた病院だ。
その病院の一室に、同じ血が通うばあちゃんと孫が、何年かぶりに二人でいた。
「ここにはわるいのがいっぱいおってな、おかしいじゃろ」
おばあちゃんが恥ずかしそうに言った。
それから二人で、昔の話をゆっくりゆっくり話していった。
話ながらおばあちゃんは、最後のやぶれまんじゅうを半分に割って、
その片方をオレにくれた。
 
そしてオレは、固い鍵がついたドアの向こうにおばあちゃんを残して、
その病院を去った。

 

 

 

小雨は止んだようだが、空はあいかわらずどんよりと暗い。
国道を引き返す。長門の町を通り過ぎて、隣町の長門三隅に向かった。
オレのおばあちゃんが住んでいた一軒家がそこにある。
途中、湯免温泉で車を止める。オレのひいおばあちゃんが昔ここで売店を
やっていて、子供の頃は遊び場だった。
 
おばあちゃんの家につくと、裏に回って鍵がかかってないガラス戸を開けて
中に入った。家財道具は整理されてがらんとしてる。
押し入れの一つを開けて見た。おばあちゃんの昔のアルバムがそこにあった。
それを手にとってめくってみた。
学生時代のオレのおばあちゃんがそこにいた。

 

 

 

ガラス戸を閉めた。車に乗って長門市にもどる。
「おかげさまでおばあちゃんに会えました」
レンタカー屋のおばさんにお礼を言って駅にむかった。
東京に着くのは真夜中になるだろう。