【麻雀ボーイズ】


中一の春の土曜日、
「麻雀大会をしようぜ」とオレはみんなに持ちかけた。
「しかもオレん家に泊まりがけで」
教室でオレを囲む数人の男友達は、すぐにうなずいた。
「よし!暗くなったらオレん家に来てくれ」


今夜、家族はオレを残して消えることになっていた。
山口のひいばあちゃんのお見舞いに突如行く事になったのだ。
朝、オレはその事を聞いた。
しかしオレはそんな所に行くわけには行かないと思った。
たのしい友達もできたばかりなんだ。
行っている場合じゃねえよ。
今は、楽しい階段を駈けのぼるのに夢中なんだ。
だってオレ、中学生になったんだぜ。
子供じゃないんだ!
そうだみんなを今夜呼んで麻雀で遊ぼう。
ひいばあちゃんは大丈夫だ。きっとまだびんびんしてるゼ。


親にはなんて言おう。
麻雀はさすがにまずいだろう。
まあ、言う事はひとつに決まってるぜ。
勉強だ。勉強するのだ!勉強!勉強!勉強!おら!勉強じゃあ!
言葉を連呼するだけで、今オレは猛烈に勉強したくなってきた。
そうだオレは勉強をしなければならない。
将来、アメリカの大統領になるためには勉強が必要なんじゃあ。
世界を治す医者になるためには勉強は必要なんじゃあ。
スパイになるためにも、アメリカンジゴロになるためにも、
一番大事なのは勉強だ!
仮面ライダー本郷猛も大学の科学者か何かで偉そうな感じだった。
手に入れろ!夢を手に入れるんだ。
その為には一分、一秒でも惜しいのだ。
ウオー!世界がオレに勉強をさせたがっている。
どうしたんだこの抑えきれない衝動は!?
あ、気持ちが動いている、たった今、恋をしそう、勉強に。
こんな事今まであっただろうか。
母ちゃんわかるだろう、こんな気持ち!
激しいオレの必死の訴えが、母親の胸に響いたのかどうか、それはわからない。
しかしとりあえず、オレを一人家に残して、家族は山口へと車で旅立った。
さらばじゃ、麻雀も立派な勉強なのだよ、明智君。
ムハハハハハー。


真夜中、麻雀牌の音がオレの家にじゃらじゃらと鳴り響く。
蛍光灯の下を「ポン」「チー」と言葉と腕が行き交う。
その傍らには、戸棚から取り出してきた父親の飲み物が何本か置いてあった。
しかしそれをガブガブできる奴は中一のオレ達の中にはまだいない。
たばこを吸っている奴もまだいない。
でもなかなか、顔つきは一丁前だ。
牌をいじくりながらとりあえずニヤニヤかっこつけるゼ。
思わず眉間にシワを寄せる事もあるさ。
ただ滑稽な事に、メンバーの中で麻雀のルールを知っているのはオレだけだった。
そのルールはなかなか変わっていた。いやはっきり言うとメチャクチャだった。
役も何もあったもんじゃない。
ポン、ポン、ポン!でとりあえず集める。
時たまチーで鳴く時も正面、右、左関係なかった。
みんなはそれを大まじめに信じた。しかも真剣だった。
だがまあ、そんな事いいのさ、夜はただ楽しく朝になったのだから。


数日後、どこでばれたのか、学校で先生にオレだけ何か言われた。
麻雀やって何が悪いんだと思ったが、今思えば、先生の気持ちもわからないでは
ないか。


あの夜の一コマは、今でもゾクゾクするような怪しい光源の中にある。
父親の飲み物に手を出して、酔っぱらった奴は誰もいなかったが、
暗い蛍光灯の下のみんなの顔は、あきらかに何かにのぼせていたような気がする。
たぶんそれは、大人に変わっていく予感めいたものに、みんな浮かれていたのだ
ろう。
「おりゃあ!」
あの夜オレは、気合いと共に山から牌を引いてきた。
そしてすかさずその牌と目の前の自分の手牌を見比べた。
とっさにどの牌を捨てるかを判断する。
こりゃあ、一か八かだ。両方とも当たり牌は場にすでに二つでている。
手牌は七対子。
よしこっちで勝負じゃあ!
捨てる牌に人差し指を軽く乗せ、コロンっと爪で向こう側に倒して
その牌をみんなに見せる。
すかさず握り直しその牌を高々と頭の上まで上げて、目の前に並ぶ捨て配の列

に勢いよく、横にしてたたきつけた。
「リーチ!」


オレはいつもこうだ。なんでもかんでも、ついつい勢いよく飛び出しちまう。
きっとこれからもそうだろう。
まあいいさ、うまくあがれるかどうかは、オレの運と実力次第ってことだゼ。
イエーイ。