【血煙スカイ】


中学に入ってすぐの頃、同じ剣道部の一つ上の先輩に、部室の裏に呼び出された。
放課後の部室で、その先輩を含む部員達と話をしている時だった。
なぜだか突然、話をさえぎられていきなり呼び出された。
のこのこついて行き、オレは部室の裏の白い壁を背中にした。
するといきなりパンチが飛んできたから驚いた。
危うくよけたが、驚いたのはパンチのせいだけじゃなかった。
その先輩は、小学生の時から同じ剣道クラブに通っていた。
強くはなかったが、すごく愛嬌のあるおもしろい先輩だった。
好きな先輩だった。だから中学で久しぶりに会えて、オレは嬉しかった。
それがいきなりどうしたんだ。
しかし思えば、オレはその先輩に対して随分なまいきだった。
小学生の時のクラブの帰り道、冗談で彼の太ももの横を、かかとで‘ももち’と
呼ばれるキックを思いっきりした事もあったけな。


先輩はパンチがオレに全く当たらないので、遂にあきらめた。
ぶつぶつ言いながら、部室に戻った。
最後にオレの平手が彼の顔に直撃したからかもしれない。
血煙とまでは言わないまでも、彼の唾の泡が空中に飛んだ。
その後、オレも部室に戻り、着替えて練習して帰った。
そして、一ヶ月程してその先輩は部活をやめた。


オレにとってはちょっと不思議な洗礼だった。
ただ友達と遊んでいただけの小学校とは違う。
今思えば、子供から大人になっていく中学生は、こころが急激に変化する
というスリルの中に生きていた。
その危うさが、油断できない瞬間を次々と生む。
先輩のこころは以前とはあきらかに変わり、そのこころを持ってオレにせまり、
オレのこころもそれによって何らかの変化をもたらしたはずだ。
自分では気づいてはいないけどさ。
まあ簡単に言えば、それが‘THE青春’という事かい。


その先輩はその後、市内でも有名な大不良となる。
長ラン、ボンタン、リーゼント、学ランの襟なんか10センチぐらいあったゼ。
背はそんなに高いほうじゃ無かったが、顔つきはそりゃあ恐ろしくなっていった。
コミカルだった小学生の時を憶えているオレにとっちゃあ、少し笑えるような気が
しなくもなかったが。
いろんなところで被害を聞く中、たまたまオレとは、町で会っても
ただすれ違うだけであった。
そこにかつての先輩、後輩という恩恵があったとするならば、ラッキーだったよ。
何にしてもめでたし、めでたしさ。


しかし今頃あの先輩はどうしているのだろうか。
案外ものすごく腰の低い人になっていたりして。
おっとっと、そんな事言ってると、また部室の裏に呼び出されちゃうゼ。
くわばら、くわばら。