【野球少年ハート】


少年野球チームを乗せた小型のマイクロバスが、宍道湖大橋のたもとの
小さな交差点に止まったのは、宍道湖にちょうど夕日が落ちようとする頃だった。
土で汚れた野球のユニホームを着た少年達はみんな疲れているのか、
バスの中での会話は、ぼそぼそしたものばかりだった。
オレは、窓際に座って赤信号を見つめていた。
そしてタイミングを見計らって、窓越しから信号を指さす。
「スリー、ツー、ワン、ぜロ!」
うまい具合に信号が赤から青に変わる。
「ふん、見たか超能力」
隣のやつに得意そうにオレは言った。
すると後ろの席に座っていた川村君が言った。
「今、そんなの使うんだったら?」
意味がわからずオレは後ろを振り向いた。
すると彼が言う。
「ごめん、ごめん、オレも打てなかったのに」
話の意味がすべてわかった。


この日朝から、オレ達の少年野球チームはある大会に出た。
対戦チームのピッチャーは、同じ小学生かと思うような速球の持ち主で、
ファーボール以外誰も打ち崩せず、オレが最後の打者となった。
それなのに落胆の色を少しも持っていないオレを、川村君は非難したかった
のだろう。
しかし彼はすぐに鉾をおさめた。
オレは自分の軽率さを少し感じた。
それと同時に驚いた。
彼は今日の試合に対して、これほどの意気込みを持っていたのかと。
オレはただの野球遊びの延長にすぎなかったが、彼は違ったのだ。


24日のWBC決勝10回表のイチロー決勝タイムリーはすごかった。
それを見ながら、かつての川村君の事を思いだした。
中学に上がり、オレは剣道部、川村君は文字通り野球部に入った。
それ以来、彼はどうしたのか知らないが、きっとイチローのタイムリーの瞬間、
どこかで、オレと同じタイミングで、ガッツポーズで飛び上がった事だろう。
オレのこころもかなり熱くなったが、きっと君はそれ以上だったに違いない。