【エスケープらーめん】

 

 

2時限目の授業終了の合図のチャイムが鳴るや、先公への立ち礼もそこそこに、
オレはドアをがらがらっと勢いよく開けて、教室を飛び出した。
3階から1階まで、階段を4、5段を飛び越えながら、落ちるように降りると、
教員室の前の廊下を一気に走って、外階段に通じる出口に向かう、
そして再び、そこを駆け降りる。

 

石の階段を飛び越え飛び越えて、最後は一気にジャンプして柔剣道場にぶち当

たり、そこから右に10m走って学食に突っ込んだ。
「おばちゃん!らーめん!」
皿受け渡し口のステンレスのカウンターに、はあはあ言いながら手をかけて、
中の厨房に向かってオレは叫んだ。
「あいよ!」
そう返事を返してくれると、おばちゃんはラーメンの麺を煮えたお湯に
チャポンといれた。
お湯にほつれる麺がかき回されるのを見て、やっとこさ食券を買ってくる。
ステンレスに食券を出しておばちゃんの手元をじっと見ていた。
「大丈夫だが、すぐできるから」
なぜか必死な顔をしていた自分に気づき、苦笑いをして向きを変えて、
学ランのけつを半分ステンレスにのせて食堂の窓の外を見た。
食堂の下から登ってきている崖の緑は青々していていた。
少し寒いけど、もうすぐ春だぜ。
「ほら、できたぞ」
振り向くとおばちゃんがラーメンをステンレスに滑らせてさしだしてくれた。
「ういっス」とか何とか返事して、コショウをうおっとかけて、箸をくわえて、
テーブルまで持ってきて、両手で箸をパチンと割って、勢いよく麺を口に
突っ込んだ。
「うめえ!」
口には出さないがそう思って食べた。
2時限と3時限の間の休みは15分、スリルとちょっとしたワル感が絡み合った
絶妙なコンビネーションに生まれた味であった。
顔の上に丼を持ち上げ、最後のスープをズズズーっと飲み干すやいなや、
「ごっそうさん!」と洗い物置き場に丼を返して、食堂を飛び出た。
ちゃぽんちゃぽんと胃の中に熱いラーメンを感じながら、今度は階段を
駆け上っていった。

 

 

誰もがしそうな事だが、不思議とラーメンを食べていたのはいつもおれ一人
だった。
まあ、公然と許可はされていなかったのは確かだが。
それとも別のタイミングに誰かいたのかな。
おばちゃんの手慣れた様子からすると、案外そうだったのかもしれない。
やがて高校三年の3学期の途中で、学校側から、昼食時以外の時間の
食堂の利用の禁止がきつく通達された。
ひょっとしてオレのせい?
オレはその後すぐ卒業だったから、当然のことながら影響はなかった。
「しかし学校もつまらない事するぜ」
その時、そう強く思った。
あのラーメンの味はオレで食べ納めという事だ。
後輩がちょっとかわいそうだぜ。
学園生活はそういう事が一番大事なのによ。

 

 

 

しかしうまかったあ。
湯気が立つ澄んだスープの中の完全にほぐれきってない縮れ麺、
八百屋のにおいそのままのしゃきしゃきしたもやし、
形ばかりのナルトとシナチク、
そしてしょうもない大きさの貧相なチャーシュウ。
それでも最高にうまかった。
今でもありありと目の前に浮かんでくるのさ。
食っといてよかったぜ、エスケープらーめん!