【新宿ツバキハウス】


火曜日の夜、2人の男は目撃する。
爆音に狂気乱舞するカラス達を。
悪魔のメイクを顔にほどこし、髪の毛を針のようにおっ立て、黒装束を身にまと

い、時たまニヒルな笑みを浮かべ、激しく身体を上下する。
「何なんだこいつら!?いったいどこから這い出てきたんだ」


東京に出てきて半年以上経った頃、オレは新宿ツバキハウスに潜入している。
その夜、まぎれもないスーパーショックがオレを襲う。
それはいわゆるパンクスと呼ばれる種族を目の当たりにした瞬間だった。


当時オレは高田馬場に住んでいた。
一つ上の友達がいた。
オレと同じ田舎者だった。
そいつとよく新宿や六本木のディスコに毎週のように踊りに行った。
ツバキの情報を仕入れて来たのは彼だった。
「パンクで踊るディスコがあるらしいぜ」
パンクと言えば、
ピストルズのアナーキーインザUKとクラッシュのロンドンコーリングは
知っていたけど、それ以外は全く知らなかった。
しかしあのリズムで激しく踊れば、さぞ楽しいだろうと想像した。


DJが叫ぶ。
「イエー!ロックンロールレディオ!」
パンクロックがけたたましく鳴り響く。
フロアーの黒いでっかいスピーカーの前面がボコボコ振動する。
赤、青、緑の照明がくるくると、狂乱のダンスの上を飛び回る。
二人の男もたまらず、ヤーっと勢いでフロアーに飛び出した。
他のディスコで鍛えたダンスで踊りまくる。
しかし、ありゃあ完全に浮いてたな。


ツバキでかかる曲は、初めて聞く曲のオンパレードだった。
他のディスコでかかるはやりの曲はほとんどなかった。
この店だけのヒット曲。それがこんな熱狂の渦をつくっている。
渋いと思った。何かを見つけた気がした。
この強烈な渦を自分の身体に取り込みたい。
その後すぐ、ツバキハウスに通うために、オレは新宿に引っ越してきた。


オレの人生で最も影響を受けた中のひとつに新宿ツバキハウスは入る。
そこにはパンクと友情があり、ケンカがあり、そして恋があり、
青い炎が燃えていた。


やがて友達もたくさんできる。
最初、精神構造が人とは違うんじゃないかと思っていた連中は、
ひとり残らず普通だった。
そいつらと遊ぶうちに、自分の目も当てられなかった服装も、試行錯誤の上
幾分かましになり、ピリっとした革ジャンで一匹のパンクロッカーが
できあがった頃、新宿ツバキハウスはなくなった。


閉鎖されたのが87年と言うから、あれから20年以上も経つ。
しかしあの時の熱気は、今だにオレのからだにすり込まれている。
あの時間とあの空間は、オレの頭の中を時たま飛ぶ宇宙船の中に入り込み、
窓をのぞけば、いつものメンツが、ごきげんなダンスを踊っている。


新宿ツバキハウスは、靖国通り沿い、花園神社向かいの新宿テアトルビル5Fに
あった。時々その前を通る時、必ずオレはそこに目を向ける。