【子供IN台風】


田舎の山に台風がやってくる。
それが近づく時、大人達は子供達に、自分たちが経験した話をよく聞かせて
くれた。
「すごいのになると、瓦が木の葉のように舞うぞ」
「屋根が吹き飛ばされる事もあるんだぞ」
あの重い瓦が木の葉のように!?いったいどんなにすごい風なのだろう。
屋根が吹き飛ばされたら、嵐の中でリカちゃん人形の家みたいに
なるのだろうか。


今思い出せば、こんなメチャクチャな話も聞かされた。
「ちっちゃい時ね、木戸の隙間に目をくっつけて外を見たら、大きな木が
根っこをつけたまま空を飛んでいて、ようく見たらそれに人が乗っていたんだよ」
それはたぶん、嵐の時だけにでてくる魔女なのか!?
それを見られるとは、なんてすごい偶然だ!オレも見たい!
そしてこんな話しも。
「台風の目に入ったら、いきなりお天気になるんだよ。その時ね、上を見たら、

雲のてっぺんにぽっかり穴が開いていて、誰かが縁に手をかけて

下を覗いていたよ。」
何だか言いたい放題だ。

こんなメチャクチャな事を言うのは、決まって母親だった。
だが子供の想像は果てしない。

その想像は竜巻のようにグルグル回って、
台風へのイメージがどんどんふくらんでいった。


西日本、特に九州、沖縄の人間は台風の威力をよく知っている。
オレも子供の頃に過ごした長崎で、何度も強烈な台風を経験した。


山のてっぺんでは、お墓が並ぶ広場の草が、風にザワザワと騒ぎ出す。
そこから見える家々の屋根の上を風が大量に渡っていく。たくさんの
アンテナは小刻みに揺れていた。

風に飛ぶ大人達のさわぐ声は、大きくなったり小さくなったり。
子供の頃、その嵐の前触れに、オレはいつもワクワクしていた。


子供達は風の中を走りまわる。
やがて子供達はならんで風に立つ。そして遠くの山々を見据える。
するとその山の向こうからゆっくりと何かが近づいてくるようだった。
きっと、今はまだ姿は見えないが、巨大な一つ目の怪獣がやって来ているのだ。
その証拠に、むこうの山々の緑の木々が、猛烈な風の中で、何かに恐怖するが
ごとく、狂ったように感情を持って暴れていた。
子供達はその山のただならぬ様子をじっと見つめる。
ほら見てろ!今にあの山の頂に怪獣の足がかかるゾ。
そしたら、そいつがはき出す強力な風はオレたちを天に飛ばすだろう。
その時には、木の枝につかまりながら空を飛ばなくてはならない。
そしてあの丘の上にかっこよく回転して着地しなければならない。
ウワーーーー!!


夜になった。台風は本物になる。
昼間はまだ子供達の遊び相手であったかもしれない。
だが真夜中になると突然その表情を変える。
鋭い牙と爪を出し恐怖の怪獣に化す。暴れ回るというか、のたうち回るというか。
夜中じゅうその巨獣の咆吼は猛り狂い、あたりの木をバキバキ踏み歩く。
ガラスを割り、かと思えば雨戸をその巨大な爪で引きはがそうとさえする。
そんな夜、港湾技師の父親は必ず仕事でいなかった。


ある晩、母親が叫んでいた事がある。
「起きろ!起きろ!起きろ!」
死にものぐるいのその声に目を覚ますと、母親が雨戸を内側から、必死の
形相で押さえていた。あわてて側に駆け寄って押さえた。
誰かがばっこんばっこんと蹴りを入れているのかと思うぐらい、その戸はオレの
おなかの方まで曲がってきていた。
後ろを振り向いた時、妹と弟はすやすやとよく寝ていた。


台風の時は必ず停電する。ある晩こんな事もあった。
懐中電灯の明かりの中で家族が面を付き合わしていると、玄関を必死にたたく
音が聞こえた。
「こんな時間に誰だろう」
母親が開けると、風と雨と共に知り合いの家族が飛び込むように入ってきた。
なんと、自分の家に避難してきたのだ。

その家族には、自分より年上で同じ小学校に通う女の兄弟がいた。

家族はおにぎりを持ってきていた。
新聞紙を広げてみんなでそれをほおばり、なんだか楽しかった。


やがておれん家をまたいで荒れ狂っていた怪獣は、今度は遠くの方の家を
またぎにいったのだろう、風の勢いは少し弱まっていた。暗い窓に顔をつけて
外を見た。怪獣の暴れ終わった後を確かに見たような気がした。
「見たぞ、確かに見たぞナ」俺はこころで叫んでいた。
ちょっと興奮していた。そして安心していた。
まだちょっと強い風の音を聞きながら、スヤスヤと眠りについていく。
じゃあな台風、またな。


台風は大好きだ。
だが、各地で激しい爪痕を残している台風の事を考えると、そんな悠長な事は
言っていられないかもしれない。
実際、何年か前の日本ツアー中に、淡路島を通過した時に経験した台風は
すごかった。今でもあの嵐の中、道の片側にタイヤが落ちてたら、なんて思うと
ゾーっとする。大人になって生の恐怖を知ると現実だけがあるだけかもしれない。
子供の頃に感じたワクワクは、現実によって消されていくのかもしれない。
ばかやろう!!ふざけるな!!それはよくないぜ。


あの子供の頃、懐中電灯をつけながら台風が過ぎ去るのをじっと待っていた。
あの記憶は、まさにスペクタクルだった。あの時怪獣は確かにいたのだ。
おれん家の上で暴れ狂っていたんだ。
これからもずっと、怪獣どころか宇宙人、伝説のヒーローや、なぞのスーパー
美女、何にだって何度も必ず会ってやる。